宇宙混沌
Eyecatch

第4章:貴方だけのお姫様


「本当に一瞬で眠ってしまうとは……」
 玻璃の器を転がし、自身も倒れ込んだ理玖の脇腹を人頭杖で[つつ]いてみる。理玖は少し呼吸を乱しただけで呻きもせず、起き上がる気配も無かった。
「しかし乱暴な奴じゃ。つまりは、寝ている間に殺生丸様が手を出さないと信用するから、理玖の事も信用しろと言っておるのでしょう?」
「そうだな」
 殺生丸様の同意を得られることの誇らしさよ。
「しかし誓わなかった事は褒めてやろう」
「ええ!? こやつ、殺生丸様のご提案を無下にしたのですぞ? それを褒めるのでございますか?」
「邪見よ。この殺生丸にも一つだけ出来ぬことがある」
「……一体何でございましょう?」
りんの心変わりを強いること、或いは止めることだ」
「…………」
 何と返そうか悩んでいると、突如あの忌々しい声が響いた。
「殺生丸か?」
 それは理玖から聞こえた。麒麟丸の声だ。
「呼んだか?」
「……殺生丸よ、確かに理玖は女顔だが、流石に娘の夫に手を出すのは趣味が悪すぎるぞ」
「コラー!! なんてこと言うんじゃ貴様ー!」
「ふん」
 殺生丸様は立ち上がると、爆砕牙に手をかけた。
[こす]い企みでもしているのなら、容赦はしない」
「待ってくれ、理玖がしでかしている事ではない」
 殺生丸様が理玖を足で転がし、仰向けにする。その声は理玖の口から漏れ出ていた。
「わっ、わわ! 殺生丸様! こんな奴さっさと始末してくださいまし!」
「騒ぐな」
「も、申し訳ごじゃいません……」
 先程の嬉しさは何処へやら。邪見は言う通り、暫くは[だんま]りを致そう。
「此処は何処だ? どういう事情か教えてくれ」
「事情は此方が聞きたい。目は[]かぬのか?」
「実は出来るのだが、このところはよう開けぬな。うっかり御息女の肌でも見えようものなら……」
「ふん。賢明だ」
 殺生丸様は刀から手を離す。
[えにし]か……」
「そうだ。魂魄を分けてやった所為か、理玖が眠っている間に仮初めの世の音が流れ込んでくるのだ」
「そ、そんなの、おぬしの努力でどうにかせい!」
「理玖の口を借りるのは[]められよう。尤も、これが二回目だが」
「初めは誰と話した?」
とわだ。二人共、腹の子に気付かず海に出ておったから教えてやったまで」
「なら礼をせねばな」
「殺生丸様!?」
所縁[ゆかり]の断ち切り、それで[えにし]を切れば良いか?」
「願ってもないな。思えば、生きている頃は儂が分身に思念を流す側だった。無理矢理に音を聞かされることがこうも辛いとは」
「殺生丸様相手に世間話をするなど、しかも死人の分際で! 用が済んだのなら冥土に帰った帰った!」
「私は構わんが」
「構わないのぉ!? 殺生丸様、麒麟丸はせつなを殺し、殺生丸様の魄を奪い、とわの魂を抜き取ろうとした奴ですぞ!」
「今は死人だ」
 うわぁ~。流石は殺生丸様、懐が深~い。
 殺生丸様は再び座ると、酒の残りを器に注ぐ。邪見は渋々ながらも、その隣で二人の話に耳を傾けることにした。
「理玖に酒を盛ったか」
「自ら飲み干したが」
「ほう。理玖なりの誠意といったところか。儂が出て来て悪い事をしたな」
 そう思ってるなら早く帰れば良いのに……。
「理玖のことはどう思っているのだ、殺生丸よ」
 なんと! 誰も触れずにいた所にド直球。
「……とわの恩人だ」
 麒麟丸は、僅かながらに理玖の頬を動かして、笑うと口を閉じた。
「あのー、これで良かったのですか?」
「…………」
「無視!?」
 悲しくて喚いているとげんこつが飛んでくる。結局、その晩は朝まで殺生丸様の酒盛りにお付き合いしていた。

Written by

目次

  1. 実家に帰らせていただきます
  2. 父親
  3. Never come true
  4. 貴方だけのお姫様
  5. 言い訳できない
  6. ましな方の地獄
  7. 一角の甪端
  8. 溺れていたのは
  9. 一緒に帰ろう

キャラクタータグ