宇宙混沌
Eyecatch

第9章:狭間にて [3/3]

「みんな気を付けてね」
 りん様が邪見と共に見送りに来ていた。もろはは受け取ったばかりの報酬をりん様に託す。
「たまには帰ってきてね」
「子供が生まれたら見せに行くねー」
 皆で船に乗り込む。とわ様達は甲板から手を振っていた。おいらは船の中で、部下達に不在の間の報告をしてもらう。此方からも武蔵の国での出来事を掻い摘んで話した。
「旦那の腰の具合はどうなんで?」
「まだ暴れるのは無理だな」
「腰は悪くすると何もできねえもんな」
「暫くはゆっくり休んでくだせえ」
 話し終え、部下達が出て行って一息つくと、いつの間にか部屋に入ってきていた翡翠が傍で待っていた。
「この船での決まり事を一通り教えていただきたく」
「真面目だねえ。仲間の物は盗るな。敵と言えど女子供に不埒を働くな。働かざる者食うべからず。守らなかったら鱶の餌になるかおいらの食事になるか選ばせてやる。そのくらいか?」
「それだけ、ですか?」
「それだけだな」
「それにしては随分統率が取れていると言うか、慕われてますね」
「皆、鱶の餌にされたくないだけさ」
 麒麟丸はその辺上手くやっていたよな、と思い起こす。あいつは四凶は勿論、おいらのことだって脅して従わせたことは無い。殺生丸やもろはには人質を取ったらしいが、あれには時間の猶予も無かったし、四凶を始めとした妖怪達が自ずから従っていた事実は変わらない。
「……したことあるんですか?」
「仲間からは一人だけだな」
「あるんだ……」
 翡翠は青ざめて一歩退いた。やれやれ、未来の義弟候補からもこの反応か。
「妖怪の海賊船へようこそ。退治屋出身じゃあ、当分慣れないかもな」
 無理矢理に笑顔を作って、おいらは踵を返す。
 おいらには、獣王を名乗るどころか、妖怪を従える度胸すら無かった。幸か不幸か、このなよなよしい見た目のお陰で、襲ってくる人間は絶えなかった。弱い奴からは身ぐるみ剥がして、腹が空いている時は肉も戴いた。腕の立つ者で命が惜しいと言った奴は、今この船に居る。
 此処は狭間だ。誰よりも「完全な人間」の姿をしている、出来損ないの妖怪のおいらと、半妖と四半妖の姫様達。家には戻らぬと言った竹千代。他に帰る場所の無い、ならず者の寄せ集めの人間達。それらが集うのがこの船だ。
「お前みたいなちゃんとした人間が来る[とこ]じゃねえよ」
 せつなと夫婦になったら、二人で陸に上がると良い。その為には、せつなも人の森か、妖怪の海か、己の居場所を選ばなくてはならないだろうが。
「……そうかな」
 翡翠の呟きに、おいらは足を止めて振り返る。
「俺も別に『ちゃんと』はしてないよ。家が居心地悪くて退治屋に居たようなもんだしな。それこそ俺みたいなのが退治屋なんてって最初は思ってた。でも人間やれば出来るもんだよ。それが人間の良いところだろ?」
「言うねえ」
「ま、あんまり長居するつもりは無いんだけど……」
 手の平を向けて苦笑する翡翠に、おいらは尋ねる。
「どうしてせつなに手を出さねえんだ? お互い良い歳だろ」
「あいつ、愛矢姫が嫁に行くまでずーっと俺と愛矢をくっつけようとしてたんですよ? 鈍感にも程がある……」
「ははあ。そりゃあんたの言い方が回りくどいんじゃ?」
「こっちは『お前が良い』って何度も言ってる!!」
 興奮して大声を出したが、逆にそれでハッとし、翡翠は深呼吸をする。
「それでも振り向いてくれないから、俺が嫌とかじゃなく、何か別の理由があるんじゃないかと思って」
「というと?」
「……訊いちゃ悪いかも……」
「言ってみろよ」
 翡翠は唾を飲み込んでから、おいらの目を見る。
「理玖さんととわとじゃ、とわのが先に老いて死ぬだろ。俺も、せつなと比べたらそうだ。それが嫌なんじゃないかって」
「なるほどね」
「理玖さんはどう思っているんですか?」
 おいらは無意識に、懐の中の写真立てを服の上から撫でていた。
「おいらもあまり考えないようにしていた。けど、最近それを直視する機会があってな」
 その動作に気付き、おいらは手を下ろす。
「おいらだってとわ様と何年連れ添えるかはわからんよ。実を言うと先の嫁は――つっても麒麟丸のだが、子を産む時に死んでね。とわ様だって来年も生きてる確証は無い」
「そんな……」
「でもそれはおいら達だって同じだろ。実際おいらは一回死んでるし、せつなだって」
 窓の外を見る。後ろに流れていく海も空も、今日は穏やかだ。
「だったら一緒に居られる時間を、悔いのないように精一杯尽くしてやるだけだ」
 とわ様の人生が、今日の海のように穏やかでありますよう、なんて思わない。時化の日の、船の中をかき回すような大波ばかりでも構わないだろう。とわ様がその揺れを楽しめるのなら。安心して楽しめるように、船をひっくり返さないようにするのがおいらの役目だ。
「……なーんて、せつながどう思ってるかは知りませんがね」
 おいらは再び歩を進め、部屋の戸を開く。
「ま、さっさと子供を作ると楽しみが増えぐぇ」
「貴様、翡翠と二人きりでこそこそ話をしていると思ったら、何を教えている!?」
「せつなぁ! 首は絞めちゃ駄目だって!」
「いや、マジで何の話だよ……」
 とわ様がおいらを助けてくれる。三姫はおいら達を探していたらしい。
「とわ様の御子が生まれるのが楽しみですねって話ですよ」
「絶対嘘だろ」
「嘘だな」
「理玖ってなんで嘘つくの下手なのにそんな堂々とつくわけ?」
「とわ様が一番辛辣!」
 背後で翡翠が声を上げて笑う。
「お前ら本当面白いな。話をもらった時は何の冗談かと思ったけど、ついてきて良かったよ」
「で、何の話をしていたのだ?」
 せつなは今度は翡翠に尋ねる。翡翠は一瞬言葉に詰まったが、こう言った。
「これから楽しい事が沢山あると良いなって」

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