第9話:狭間にて [1/3]
「とわ!」
「せつなただいまー。そしておかえり」
退治屋の仕事から帰ると、屋敷にはとわと理玖が居た。
「良かった。帰ってこれたんだな」
いや、帰ってきたんだな、か。とわは戦国の世を選ばないかと思っていた。思わず滲んだ涙に、とわが慌てる。
「心配かけてごめん。私達もわざとじゃないからさ」
「解っている。概ね、時を超える力が足りない阿久留が、理玖の妖力やかごめ様の霊力を使って井戸を動かしていたのだろう」
寝転んだ体勢の理玖が頷く。
「おいらの推測と同じですね。最終的には自力で超えられるまで回復したみたいですが」
理玖も全く同じ推論をしていたことが、なんとなく悔しい。
「叔父上と阿久留は?」
「叔父さんも帰ってこれたよ。阿久留はどっか行っちゃった」
「そうか」
私も座る。とわの後ろで寝そべる理玖を睨んだ。
「で、嫁の実家でその姿勢は何だ」
「とわ様を庇って腰をやられたんですよ」
「お前常に怪我してるな」
「ほんとだよ~。もっと自分を大事にして」
「わかってやすよ。でも今回は仕方ないでしょう」
姉妹二人で溜息を吐き、話題は船のことへ。
「手紙に書かれていた通り、今はもろはと竹千代が駿河まで向かっているぞ」
「そうだった。どうやって伊予まで行くかなあ……」
理玖が額に手を当てて考え込む。
「その様子なら、逆に屍屋の辺りまで船を呼び寄せた方が良いんじゃないか?」
「雲母で追いかければ途中で捕まえられるんじゃない?」
とわの提案に、私は頷く。
「雲母と翡翠を借りられるか交渉してこよう」
早速、里まで行こうと立ち上がる。
「翡翠って誰でしたっけ?」
「せつなのボーイフレンドだよ」
「男友達、ですか」
「あれ、伝わってないか」
とわが理玖の耳に顔を近付けて何かを囁く。それを聞いて理玖はにやにやし始めた。とわめ、何か妙な説明をしたな?
「何だ。気色悪い」
「いや、やっぱりやることやってるんだなと」
「そんなに斬られたいか」
やるって何をだ? なんかわからんが誂われたことが腹立たしい。
「冗談冗談。船に乗るのは、おいらととわ様、あんたにもろはに竹千代、それからその翡翠ってので良いんですね?」
「翡翠にまだその話はしていないが。だいたいとわの冗談だろう?」
「ええ~? また何ヶ月も離れ離れになる気なの~? 今度こそ他の人に取られちゃうよ!」
「別に構わないが」
「あっそう」
とわはがっくりと肩を落とす。理玖は声を上げて笑った。
「じゃあ一人で追い駆けりゃ良いじゃねえか。雲母だってあんた一人の方が速く飛べるぜ?」
「なっ!?」
確かに、何故だ。無意識に翡翠、などと言ったが……。
「琥珀さんは『難攻不落の城』って言ってたけど、私からすれば『究極の鈍感』って感じ」
「とわ!」
思わず掴みかかるが、避けられた。そのまま理玖の寝ている場所に突っ込んでしまい、恥ずかしいやら照れくさいやらで、私は理玖を無意味に叩いた。
「痛っ……」
手に何か硬い物が当たる。理玖はやれやれと帯に挟んでいた四角い板を取り出した。
「頼むから割らないでくれよ」
「何だそれは」
「写真という物だ。五百年保たせないといけないんでね」
手渡されたそれには、花嫁衣装のとわと、袴姿の理玖が描かれていた。
「綺麗だな」
「でしょー? 理玖って本当に何でも似合うよね」
「理玖はどうでも良い。とわがだ」
「ほんと!? 嬉しい」
「せつなも翡翠とやらに着せてもらえば良いじゃねえか」
「黙れ」
思わず板で叩こうとしてしまったが、理性を取り戻して理玖に返す。
「向こうで楽しんで来たなら良い」
それでもとわは、こっちに戻ってきてくれたんだから。
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