宇宙混沌
Eyecatch

第8章:溺れていたのは


「……いや、全然解らないよ……」
 くすくす笑う母上と、目を押さえて項垂れたままの理玖を交互に見る。
「理玖~私のどこが好きなのか言ってよ~」
「今答えたじゃないですか」
「それだけ?」
「それだけじゃねえけど、お義母[かあ]様の前じゃちょっと」
「あ、りん戻ろっか?」
「待って!」
 聞きたい事があったので、思わず呼び留めてしまった。が、理玖の前では聞きづらい事を思い出す。
「私もクロのお顔ちゃんと見る~。理玖は安静にしててね」
「わかってやすよ」
 父上の所に戻ると、黒い目の赤ちゃんが私の方を見た。
「うわぁ~可愛い」
 抱かせてもらう。犬の姿だった時と同じで、やっぱり大人しい子だった。
「結局、名前はどうされるのですか?」
 傍に居たせつなが聞いた。
「うん、おめめも黒いし、くろちゃんがしっくりくるね」
「やっぱりそうなっちゃうんだ」
「お顔もりんに似てるから、名前負けしない方が良いよ」
「でもあまりにも犬っぽすぎない……?」
「まあ犬妖怪ではあるのだが……」
 上の娘二人の反対を受けて、うーんと母上は考え込む。
「じゃあ『くろのす』の三つ目まで取って『くろの』」
「だいぶマシだと思います」
「くろの」
 突然父上が言うと、私の腕からくろのを奪った。邪見を連れて外へ。
「何処行ったの?」
「殺生丸様のおっかあの所じゃない?」
「あの子が人形[ひとがた]になったら、その姿をお祖母様に見せて、父上の子守も終了という約束だからな」
「そうだったんだ。じゃあ西国に帰っちゃうんだね」
 寂しくないの? と母上に聞くと、母上はにこにこと首を横に振る。
「昔からずっとそうしてきたから。ちゃんと時々は会いに来てくれるよ」
「母上が良いなら良いか」
 一息ついて、私は覚悟を決める。
「あのさ、母上」
「なあに?」
「母上さ、父上の顔がどんどん美しく見えるようになったって言ってたでしょ? あれってやっぱり妖術の類なの?」
 母上が父上を愛していることは、疑いようがないんだけど。それでも、私は解らなくなった。
『とわも、このままでは二人共海の藻屑となるぞ』
 あれがどういう意味なのかはよく解らない。けれど、理玖は出逢った時から何かを企んでばかり。妖術にも長けているし、もし、この気持ちも操られているものだとしたら。
「妖術?」
 母上はきょとんと首を傾げてから、急にころころと笑い始めた。
「なんで笑うの~」
「あははっ。ごめんね。とわ、本当に理玖さんのこと好きなんだね」
「えっ」
「好きな人のお顔はね、好きになればなるほどかっこよく見えるんだよ。手の形も、背丈も、匂いも、全部愛おしくて、素敵に思えてくるの。その人の元々の姿形は関係無いよ」
 言われて、顔が熱くなった。盛大に惚気られた所為なのか、自分の気持ちを暴かれたからなのかは、わからない。
「母上は父上に手籠めにされたのではなかったのですか」
「せつなったら。邪見様の言う通り、殺生丸様はずうっと待っててくれたんだよ。でもりんの背はこれ以上伸びなくてね。りんが殺生丸様のこと好きで好きで我慢できなくなっちゃう前に、覚悟を決めてくれただけ」
 せつなも母上の恋バナに当てられて、少し顔を赤くして俯いた。暫くして母上は笑うのを止め、私を見る。
「それだけ好きなら待っててあげられるよね?」
 父上が理玖に課した課題は、私にはよくわからない。でも、理玖が解っているというのなら。
「うん。だって駆け落ちなんかして、この家に帰ってこれなくなるの嫌だもん」
 理玖の方は、もう天涯孤独の身だ。船があるって言われたらそれまでだけど、理玖にも、何処か帰って安心して休める場所があってほしいよ。

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目次

  1. 実家に帰らせていただきます
  2. 父親
  3. Never come true
  4. 貴方だけのお姫様
  5. 言い訳できない
  6. ましな方の地獄
  7. 一角の甪端
  8. 溺れていたのは
  9. 一緒に帰ろう

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