宇宙混沌
Eyecatch

第8章:溺れていたのは


「おおおお~~~。やっと人形[ひとがた]に……っ」
 殺生丸の屋敷に着くと、小妖怪が更に小さい妖怪の死体が詰まった籠を背負ったまま号泣していた。その先には赤子を抱いて微笑む奥方と、相変わらず仏頂面の殺生丸。
「あ、でもそうすると、もしかしてこれ食べないの? 一生懸命狩ってきたのに?」
「ありがとう邪見様。でも、人間[こっち]の姿だとまだ歯が生えてないね」
「すっごい頑張ったのに?」
「捨てるのが嫌ならおいらが食いやすよ」
 声をかけると、邪見はやれやれと言った風に振り返る。
「おぬしは一体何があったんじゃ?」
「まあ色々と」
「殺生丸様のお目汚しめ! 手入れは部屋でせい!」
 そろそろ殺生丸が小妖怪を黙らせても良い頃だが、奴は奥方と末娘をじいっと見たまま黙っている。駄目だこりゃ。横目で両脇を見れば、二人も似た様な顔をしていた。
「すまんな。父上も母上も、二人の世界に入ると周囲の事がどうでもよくなるようだから」
「気にしてやせんよ。めでたい場面ですしね」
「それにしても、どうして理玖の血で人形[ひとがた]に?」
「栄養が足りてなかったんじゃないです?」
 部屋に着く。せつなは手当てをとわ様に任せ、殺生丸達の所に戻った。
「栄養?」
「何を飲ませたり食わせたりしてたか知りやせんが、変化[へんげ]できるほどの妖力が無かったんでしょう。妖力を手っ取り早く強めるには、妖怪を食うのが一番です」
「そっか。だから理玖の血で」
 言われるがままに服を脱ぐ。とわ様も慣れたものだ。包帯を巻いてもらい、別の着物を羽織る。
「さて」
 とわ様は手に付いた血を拭うと、立ち上がった。おいらの前に回り込む。
 バキッ!
「……とわ様……」
「あー。後で邪見に大工さん呼んでもらわないと」
 次の瞬間には、おいらが胡坐を組んだ足のすぐ前の床に穴が開いていた。前にも似た様な事をされて、腰が抜けたのを思い出す。
 顔を上げると、赤い瞳に涙が溜まっていた。
「とわ様」
「なんで自分のこと刺したりするの……っ」
「すみません、とわ様。おいらそんなつもりじゃ」
「そんなつもりじゃなかったらどういうつもりだ! 理玖の馬鹿!」
 暴れる手足を掴んで抱き寄せる。怪力で叩かれると洒落にならないというのもあるが、お腹の子が心配だ。嗚咽を漏らす頭を撫で、必死で宥めた。
「おいらが悪うござんした」
「本当だよ!」
 耳を食いちぎられるかのような叫びに思わず顔を顰めたが、その体は離さないようにした。腕に力を込めると、とわ様もおいらの着物の袖にしがみつく。
「また何処かに居なくなっちゃうかと思った……」
「……ごめん……」
 とわ様はおいらの肩口に顔を埋める。涙が染みておいらの肌まで濡らした。
「もう勝手にどっか行ったりしませんから」
「本当の本当だよね?」
「嘘だと思うなら首輪でも付けておいてください」
「瞬間移動したら意味無いじゃん~~」
 久々に泣かれて動揺したが、とわ様が泣けば泣くほど安心している自分も居た。とわ様は、おいらの中に麒麟丸が残っていても、おいらはおいらだって認めてくれる。求めてくれる。
『己の在り[よう]の為にとわに縋るな』
 だからこそ、殺生丸のあの言葉は痛い所を突いていた。
 おいらの海にとわ様を溺れさせたいんじゃない。おいらがとわ様の海に、とっくに溺れていたんだ。

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目次

  1. 実家に帰らせていただきます
  2. 父親
  3. Never come true
  4. 貴方だけのお姫様
  5. 言い訳できない
  6. ましな方の地獄
  7. 一角の甪端
  8. 溺れていたのは
  9. 一緒に帰ろう

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