第2話:楽園喪失 [4/4]
「ハァ……ほんと理玖さん何着せても似合う……」
おいらは芽衣に着せ替え人形にされていた。芽衣が持ってきた草太の服や、新しく買った服を着ては脱がされ、着ては脱がされ。髪も解いた方が良いと言われて下ろしている。
「芽衣、義理のお兄さんとはいえ限度ってもんが……」
様子を見にきた草太が呟く。
「下着は脱がせてないよ!」
「そういう問題じゃなくてね」
「おいらのことはお気遣いなく。世話になるんですから、出来ることならなんでもしやすよ」
草太は呆れたような溜め息を吐き、パーティーの準備に戻る。
「でも本当に理玖って何でも似合うな~。元が良すぎる」
とわ様も実家から持ってきてもらった洋服に着替えていた。芽衣は時々とわ様にもスマホを向ける。とわ様は指を二本立てて笑う。
「お姉ちゃんも、なんだかんだ理玖さんの顔が好きでしょ」
「そりゃ嫌いじゃないよ~」
「まあ殺生丸様の美しさには敵いませんがね」
「せっしょうまる?」
「私の本当のパパ」
「お姉ちゃんも美人だもんねー。やっぱり髪伸ばした方が似合うね」
「そうかな?」
「そうですよ」
あの時返事をしなかった問いに、今答える。とわ様はおいらの目を見て微笑んだ。暫くは伸ばしてくれそうだな。
芽衣は満足したのか、今度は新しく買った服を並べて組み合わせ始めた。
「今日はこれとこれ!」
選び終え、おいらに渡してくる。受け取って身に着ける。
「あの、訊いて良いかわからないんですけど」
「何です?」
訊き返すまでもない。芽衣の視線は、おいらの腹に巻かれた包帯に向いている。
「……ううん、なんでもない」
芽衣は礼を言うと、パーティーの準備に向かう。おいらは服を着終えると、腰を下ろした。
「疲れた……」
つい本音が出てしまう。りん様が可愛く思えるくらい騒がしい人間だった。
「お疲れ。まあ騒いでるのは今日明日くらいだけだろうから」
「構いやせんよ。もう会えないと思っていた人にまた会えるのは嬉しいことです」
「また帰っちゃうけどね」
気を遣われている。とわ様は、本音ではこっちでずっと暮らすのも悪くないと思っている筈だ。まだ、本当の両親や妹と暮らした時間より、草太や芽衣と過ごした日々の方が長いのだから。
「とわ様……」
もうこちらで骨を埋めます? おいらがそう言えば、きっととわ様は向こうに帰る術を探すことすらしないだろう。それがとわ様の本望でなくても。
とわ様にとって、おいらの言葉は影響力が大きすぎる。迂闊においらの意思や希望は言えない。判断はとわ様に委ねなければ。身寄りの無いおいらは、とわ様の傍なら何処でも構わないし。
「おいら達も準備手伝わなくて良いんですかね?」
「台所そんなに広くないから。まあでも、居間に戻ろっか」
炬燵の上には既に幾つかの料理が並んでいた。おばあさまが林檎を切り、種の部分を落としている。
「凄く食べたそうにしてたから。ご飯前だからちょっとだけね」
「ありがとう!」
「理玖さんその服似合うわね」
「芽衣のコーディネートだからね~」
とわ様はおばあさまに林檎を食べさせてもらう。
「もうすぐママになるとは思えないわね」
「じゃあ自分で食べまーす。理玖も食べよう?」
「ええ」
また口にすることになるとは思っていなかった。食べたくなかったわけじゃないが。
けれどこれは、楽園を追放される味だ。
「どうしたの理玖」
「いえ、少し疲れただけですよ」
「慣れない場所かもしれないけど、我が家と思って過ごしてくれて良いからね」
「ありがとうございます」
切られた林檎を一つ手に取る。
そうは言われても、おいら達が――おいらがこの世界には、この家には馴染めまい。殺生丸の家は、なんだかんだ言って「妖怪の家」だった。おいらの船は、最低限の規律さえ守れば何でもありだ。
令和の人間の世界は生温い。だが心地良かろうと水は水だ。沈めば必ず溺れ死ぬ。
「……美味いな」
また唆されてしまった。口の中に広がる甘い香りが、愛しさや懐かしさだけでなく、得も言われぬ不安まで増長させる。その腹立たしさを悟られない内に、おいらは噛み砕いて飲み込んだ。
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