第2話:本当の姿 [3/4]
竹千代が出て行っても、部屋には、そして布団には竹千代の匂いが染み付いていた。どうしてくれるんだよこれ。
此処に居ると否応にも昨夜のことを思い出すが、かといって外に出てせつなや竹千代本人と顔を合わせるのはもっと嫌だ。
仕方無く、寝台の上に身を投げる。結局殆ど眠れなかったんだ。夜の間「竹千代の変化を見守る仕事をしていた」と言えば、一日くらい仕事をせず寝ていたって旦那も怒らねえだろ。
目を閉じると、竹千代の残り香が昨夜の景色を浮かべた。睫毛が長かった。体温が高くて、寒さを忘れた。
それにしても美男に変化したよなと思う。狸の美醜はよくわかんねえけど、竹千代もそれなりに美人だったんだな。ま、良いとこの家なんて嫁は皆美人なんだから、息子の見目が良いのもそりゃそうか。
「あいつ、跡継がないなんて勿体ねえことするよな」
屍屋でワイワイやりたい。そう選ばせた理由は何だろう。
「アタシも借金なくなっても屍屋には世話になってるけど……」
自分で金を稼げる手段だから。本当にそれだけ?
「ああ~クソっ! こんなアタシ、アタシじゃない!」
この男になら抱かれても良いな、なんて思う日が来るなんて! しかもそれが竹千代なんて! 大体アイツ、お家騒動の件までアタシにすっげえ当たりが強かったじゃねえか!
良いかアタシ、顔で判断するのはやめろ。理玖ととわはお互い顔が一番好きらしいが、最初は上手くいってたけど最近は喧嘩続きじゃん? こういうのは中身、性格の相性だって。
そう思って竹千代と反りが合わない箇所を探すも、何一つ挙げられない。喧嘩や罵り合いは良くしたが、お互い売り言葉に買い言葉、似た者同士で利害が一致しない時に譲り合えなかっただけだ。
組んで仕事をするようになってからは息ぴったりだし、あいつ結構勇み肌だし、でもアタシより無手法じゃないっつうか……。
『俺は好きで狸や跡取りに生まれたわけじゃないから』
竹千代は、ずっとあの人形のような姿に自分を隠してきたんだ。身分を知られれば誰にどんな風に利用されるか解らない。自分の命を狙う追手からも、新しく知り合う者達からも。
着物の着崩れすら自分で直せない御曹司が、ある日突然家来に裏切られ、殺されかけ、十分な寝床も無いぼろ屋に預けられて下働きさせられて……アタシなら性格がひん曲がってしまうと思う。
見える姿が変わったことで初めて、竹千代が本来どんな奴なのか、少し解った気がした。
少しうとうとし始めて、瞼の裏に浮かぶ情景が変わる。
『半分だけなんだぞ! 全部取るなよ』
『わかってるよ』
『一生懸命働いて、さっさと自分の夜着を買うんだぞ!』
『そんなに言うなら貸してくれなくていーよ!』
『女子を凍えさせるほど俺は腐ってないんだぞ!』
あの時、竹千代は結局全部貸してくれたんだ。それで竹千代が風邪を引いて、次の日からはアタシが古着を買えるまで一緒に寝ていた。
竹千代はアタシを女として見ていた。アタシのことを信用して、身分を明かしてくれた。その事の大きさに今頃気付く。薬で眠ったのは、万が一にでも変な気を起こさない為もあったんだろう。
「……でも、仕事で脱ぐかも、ってか……」
いくら理玖の頼みだからって、竹千代が不本意に体を売るような真似はしないだろうし、理玖だってそういう仕事を頼むのには慎重だろう。理玖が自分でやるならともかく。
きっと竹千代が納得して請けた仕事だ。男を好む妖怪への色仕掛けならアタシが出る幕は無いし、ギリギリまで相談されなかったのを責める道理も無い。
「~~~~ああもう!」
なのになんで、こんなにモヤモヤするんだ。
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