第2話:本当の姿 [2/4]
「ていうか、どんな仕事なんだよ? なんか理玖が話持ってきた時に、とわがカンカンになってたけど」
同じ夜着に包まって、向かい合った俺達は会話を続ける。
「一言で言うと、人間の振りして色仕掛けするんだぞ」
「は? そんなの理玖の旦那がやれば良くねえ?」
「俺は理玖様が失敗した時の二番手だぞ」
「そんなに難しい相手なのか。理玖が無理なら――」
その続きは終ぞ聞こえなかった。もろはは俺の顔を見てから、黙って視線を逸らす。
「そろそろ寝て良いかだぞ?」
「そうだった。変化したまま寝るとか出来るんだな」
「慣れれば誰でも出来るんだぞ。獣兵衛様もやっていたが?」
「言われれば確かに」
「もろはまで寝るんじゃないぞ」
「解ってるよ」
目を瞑る。すぐ隣に居るもろはの匂いが、息遣いが、身動ぎした時の衣擦れが、俺を眠らせる気は無いと知らしめた。
だが何よりも胸に刺さることがある。
もろははこの俺の姿を見てときめいた。
つまり、ありのままの俺の姿じゃ駄目だってことだ。
自分の生まれを嘆いたことは人生で二度ある。一度目はお家騒動で呪いをかけられた時。二度目はもろはと理玖様の仲を疑った時。
俺だって気付いている。俺はもろはを女として見ていることに。けどきっと、もろはにとってはただの便利な狸妖怪だということにも。
「……普通に寝るのと眠りの深さが違うから、当てにならないって言われたんだけど……」
俺は観念して、懐から小瓶を取り出した。
「寝れそうにないから、理玖様に貰った薬を使うんだぞ」
何か言いたげなもろはの制止よりも先に、中身を飲む。こんなに近くに居るのに手が届かないもどかしさと共に、俺は眠りに落ちた。
「竹千代! 良い加減起きろ!」
腕や背中を強く叩かれ、やっと覚醒した。時刻を尋ねると、皆とっくに始業している時間だ。
「早く出てってくれ~。せつなやとわに知られたらなんて言われるか」
「悪かったんだぞ」
夜着を剥いだ手がまだ人の形をしていて、ほっとする。
「眠ってる間も変化解けてなかったんだぞ?」
「ああ」
着崩れた着物を直そうと試みるも、普段の服と違って上手くいかない。
「なんだよ、着物も妖力で作ってんじゃねえのか?」
「今回は脱ぐかもしれないから、着物より身体を先に仕上げろって理玖様が」
「だったらちゃんと着られるようにしろよ」
「一から着るのは出来るんだぞ。こう、崩れたのを直せないだけで。昔は付き人が全部やってくれて……」
「しゃあねえなあ」
見かねたもろはが直してくれる。いつもは見上げるその顔が自分の目線より下にあって、妙な感じだ。
「よし、誰も居ない! 今のうちに!」
追い出されるように部屋を出て、会議の間へ向かう。遅刻だ。理玖様怒ってるだろうな。
「お待たせしましただぞ」
意外にも理玖様は咎めるどころか褒めてくれた。
「昨夜もろはで特訓したんだろ? もろはの反応はどうだった?」
「……理玖様にも言いたくないんだぞ」
「『上手くやった』って解釈しておくよ」
真逆だ。というか、共寝の練習台にもろはを使えるわけないんだぞ。知識自体は跡取りだった所為でだいぶ早くに教えられたから、もう出たとこ勝負でやるしかないんだぞ。
「なんか機嫌悪いな。そんなに嫌か? この仕事」
「俺の力が求められてるのは解ってるし、嬉しい事なんだぞ。けどこれ、ずっと別人になりすましてるみたいで居心地が悪いんだぞ」
「その気持ちは解らんでもないが」
理玖様も、実のところご自分の美しさがお嫌いだ。特に女顔なのを気にされていて、仕事の時は舐められないように顔を変えて対応する事もしばしば。それでも船に戻ると変化を解くのは、とわがそれを望むから以上に、理玖様自身にも難しいところがあるのだと思う。
「そのうち慣れるって。その顔は、紛れもなくお前が親から貰った顔なんだからさ」
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