春はすぐそこ [3/5]
こんな筈じゃなかったんだ。四凶の真珠を回収した後、可愛い姫様達のことは一人ずつゆっくり甚振りながら殺すつもりだった。だって一瞬で死なせるなんて可哀相じゃないか。死にゆく様はしっかりと記憶に焼き付けてやらないと。
なのに、何故だ。とわをどうやって殺そうか想像することが出来なくなった。夢の中でとわの首を絞めても、苦しそうにする顔においらは手を緩めてしまう。剣で斬りつけて血を流すなんて、最早考えたくもない。
焦る。とわだけでも先に始末するか。でないと自分が自分でなくなってしまうような気がした。
「こんばんは、とわ様」
決意してとわの暮らす村へ向かう途中、何故か一人で森の中に居るのを見つけた。そのまま妖術を使い、更に人里から遠ざける。
「おやおや、おいらの眼がおかしいのかな?」
とわは黒髪になっていた。そういえば、半妖には妖力を失って人間になる日があるのだったか?
「今夜のとわ様は、一際お美しくいらっしゃる」
それは紛れもなく本心だった。まさか、本当に人間のことを好ましく思う日が来るなんて。
言った自分が一番狼狽えていて、真珠のことを考えて気を逸らす。喋らなくて良いことまで口にした。
しかし半妖の状態でなければ、目玉を抉るしか真珠を取り出す方法が無い。
「大人しくしていれば、痛くないように取り出しますから」
苦しませないように殺してから奪えば良い。今夜殺さなくてはという強迫観念と、真珠欲しさが綯い交ぜになる。そんな時、饕餮が現れた。
その後のことはあまり良く覚えていない。とにかくおいらは何もかも余計なことまでとわに話した。麒麟丸の配下だったこと。とわを殺したくても殺せないこと。愛も恋も何なのか解らないこと。
饕餮の追撃からも庇った。ただ一つの動機だけがそこにあった。とわを失いたくなかった。
挙句の果てに饕餮を殺した。手の内も身元も全て明かしてしまって、それでも、そんなおいらをとわは好きだと言った。おいらはおいらだ、とも。
それがおいらは嬉しくて嬉しくて。真珠を集め終わって落ち着いたら、今度は自分から会いに行こうと思った。できれば春までに。
「随分機嫌が良いじゃないか」
アネさんの元に帰ると、そう言われる。
「気付いちゃいました?」
「お前はすぐ顔に出るからな」
アネさんは溜息を一つ吐き、抑揚の無い声で言った。
「麒麟丸が嫁の所に通っていた頃にそっくりだ」
「えっ」
それは、つまり。
「朝帰りという事はお楽しみだったのだな」
「とわ様とは、そんな」
「おや、相手は殺生丸の娘なのかい」
アネさんは妖しく笑う。
「好きにおし。どうせお前は、愛している者を甚振り殺すのが趣味なんだろう? ならば、我らの道は違わぬ」
そして部屋を出て行く。取り残されたおいらは、椅子を引いて座った。
すいやせん、アネさん。おいらもう、そういう考えじゃねえんです。理由は解りやせんが、おいらにゃとわを殺せない。最後までアネさんについて行く気ではありますけどね。
落ち着くのはいつになるだろうな。真珠でアネさんが、元の優しいお人に戻ってくれれば良いけど。
「理玖の旦那が好きって、正気かよ」
「別に変な意味じゃないよ」
「じゃあどういう意味だ」
もろはの訝しげな顔。せつなの厳しい表情。二つに挟まれて溜め息を吐く。
「何色が好きっていうのと一緒」
私はせつなに嘘をついた。
「気に入っているというだけか? それでも奴が麒麟丸の一味であることを考えると、どうかと思うが」
「解ってる」
解ってるよ、そんなこと。本気になっても辛いだけだ。たとえ麒麟丸のことがなくても。
理玖が興味を持っていたのは虹色真珠だ。私じゃない。あげちゃったから、もう私に声をかけてくれることも無いかもな。
「安心してよ。理玖の方は私のことなんか好きにならないよ」
「そうかぁ?」
もろはは理玖が消えた方向を見る。
「抱きつくのも、理玖からしたら深い意味は無いみたいだし」
私にとっては、そうじゃないけど。
「外国では挨拶代わりの所もあるし、そういう文化の人なんじゃない?」
「何故そんなことが言える?」
「前にも一回あって」
「何だと?」
「ハァ!? いつ!?」
二人に問い詰められ、私はどこまで喋ろうか悩む。
「とーにーかーく! 理玖にその気があるならとっくにどうにかなってるよ! 昨夜一晩一緒に居たんだよ!?」
「それもそうか」
せつなが納得する。だが釘は刺された。
「これ以上理玖のことを絆すなよ」
絆されるなよ、じゃなかったところが、せつなには全てお見通しだったのかもしれない。好き嫌いは自分じゃどうにも出来ないってこと。
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