第5話:擬態 [1/3]
「時化でも一人ケロッとしてる理玖が酔うなんてよっぽどだよ」
「ごめんなさいねー。帰りはパパに運転してもらうわね」
「僕最初からそう言ってるのに……」
今朝は何も食べていないので、もう吐く物がない。水を買ってもらい、何か大きな建物の前の長椅子で休む。
「私、このショッピングモール来るの初めて」
「家に近いと、知り合いに会う可能性が高いだろ?」
体調が落ち着いてから写真屋へ。とわ様は借りられる衣装を見てはしゃいだ。
「本当に何枚でも撮って良いの?」
「良いのよ」
「元々僕達が欲しいって言ったんだし。理玖さんには付き合わせちゃって悪いけど」
「とんでもない」
一応叔父叔母と姪、その夫という説明はしたが、店員達は訝しんでいる。萌さんは有名人だし、とわ様もおいらも見目が目立つようだし、店内とはいえ注目の的だった。
「うーん、でもウェディングドレスと白無垢があれば十分かな」
「とわは白が一番似合いますもんね」
おいらが言うと、とわ様は頬を染める。その様子を見ていた萌さんがいつものにこにこ顔のまま、あることを思い出した。
「あ、この子妊娠してるから、着付けの時は気を付けてもらえると」
「かしこまりました」
おいらの服はとわ様が選んだ。先に洋装で撮るとのことで、髪をなんとか後ろで一つ縛りにしてもらう。
「ピアスは衣装と合いませんので外しましょうか」
「ああ、はい」
言われて気付く。外して鏡の前に置くと、鏡の中の化粧係はじっとそれを見ていた。
「変わったピアスですね」
滲む警戒感。その口調から、これが何なのか理解していると察する。
「ええ」
おいらは鏡越しに、その女の顔を見る。
「そんな物騒な物を携帯してどうするんですか? もしかして、私を狩りに来たとか?」
「滅相もない」
漸く気付く。この女、人間じゃない。意外と居るものなのだな。
「おいらの居た所では必要だっただけです。此処では妖怪は狩られる側なんです?」
「人の森の中で暮らす以上は、擬態しきれなければ狙われますよ。人間からも妖怪からも」
「…………」
「お客様の事情は存じませんが、もしお困り事がありましたら是非こちらまで」
女は懐から一枚の紙切れを出して、おいらに差し出す。
「身分証偽造でもなんでも相談に乗りますよ」
「それがあんたの本当の商売ってわけですかい」
「正確には私の身内の」
おいらは一瞬だけ思案したが、受け取っておくことにした。名刺を耳飾りの下に置き、撮影する部屋に向かう。
「やっぱり似合うね」
白いレースのドレスを着たとわ様が、花束を手にして座っていた。その頬は花束に纏められている、淡い色の薔薇と同じ色をしている。
「とわも」
「どうしたの? 緊張してる? 別に魂取られたりしないよ」
「解ってますよ。今まで見た中で、一番綺麗だと思って」
とわ様は今度は林檎のように赤くなる。
「照れてたら写れませんぜ」
「理玖の所為でしょ!」
それから沢山写真を撮った。写真の様に、今この瞬間を永遠にできたら。そんな事を考えていたら、撮影会はあっという間に終わってしまった。
「印刷した写真のお渡しは、十日後以降であればいつでも可能なのですが……」
「僕達が受け取るから、いつでも良いよね?」
撮影後、草太がとわ様に問う。とわ様は少しだけ眉を下げて頷いた。
十日後にまだ此方に居るのか、わからないと思っているから。
「こちら本日の撮影データとなります」
最後に店員は透明な入れ物に入った、薄い円盤を渡してきた。とわ様が受け取る。
「ねえパパ」
車に乗り込むなり、とわ様が口を開いた。
「解ってるよ。うちで印刷できるようにしてあげる」
シートベルトを締めながら草太が言った。帰りの車は驚くほど揺れない運転だった。
「ネットプリントに入れれば良いかな」
「うん。白無垢のやつ一枚だけで良いよ」
「良いの?」
「あんまり持って帰って、うっかり後世まで残しちゃうとまずいしね」
「そう。帰るまでCDとパソコン貸してあげるよ」
「ありがとう~。目に焼き付けるね」
とわ様の実家で、草太は先程の円盤を何やら薄い箱に取り込んだ。それを覗き込むとわ様の後ろから見ると、写真が映し出されている。
「……理玖さんってあまり動じませんね」
「だよねー。CDとか凄いと思わない?」
「薄っすら希林の記憶にあるのと、おいらの耳飾りと似たような物だと思えば、それほど驚きませんね」
「耳飾り?」
「見せてあげて」
「良いんですか?」
「家の中なら良いよ」
おいらは左手を掲げ、右手で耳飾りを弾く。剣がおいらの手元に現れて、草太が目を剥いた。
「凄い、理玖さんの妖怪らしいところやっと見れました」
「まあ、こんなのは集中すれば誰でも出来ますよ」
「いや出来ないよ」
とわ様が苦笑する。
「確かに、理玖は元が人型だし、超能力使わないとほぼ人間って感じだね」
「超能力?」
「瞬間移動してたでしょ」
「そうだっけ?」
とわ様と草太が仲良さそうに笑い合う。おいらは剣を仕舞った。
「でも、本当、アイデンティティを失ってるよね」
とわ様が笑うのをやめて呟いた。
「瞬間移動したり空飛んだりするのが理玖っていうわけじゃないんだけどさ……」
見透かされつつある。そう気付いて、おいらは話題を変えた。
「これからどうするんで?」
「コンビニ行って、さっきの写真印刷するの」
「そうだ、現金渡しとくよ。もし急に帰ることになっても、返さなくて良いから」
「そんな、悪いよ」
「一文無しじゃ、此方も身動きが取れやせん。ありがたく頂戴します」
なおも断ろうとしたとわ様を制す。
「とわはうちの娘だし、理玖さんは息子なのよ。ま、お金なんて掃いて捨てるほどあるんだから気にしない気にしない」
「流石ママ、税金で半分以上取られてる人が言うと格が違う……」
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