宇宙混沌
Eyecatch

折れた角に価値はあるか [1/2]

「はあっ……はあっ……」
 獣兵衛様は俺を隠すように抱え、片方の足を引き摺りながら走っていた。後ろからは鳥の化け物の声が、幾つも幾つも追ってくる。
「悪いな。ちと力を見誤ったようだ」
「そんな!」
 簡単な仕事の筈だった。山中で増えすぎた妖怪が麓まで降りてくるので、少し数を減らしてほしい、と。だから獣兵衛様は、見習い賞金稼ぎの俺も連れて来たんだぞ。
「ここまでか……」
 獣兵衛様が呟き、鳥の一羽が甲高く鳴いた。俺も死を覚悟して目を瞑る。
「ギエアアアアァ!」
 叫んだのは俺ではなかった。獣兵衛様でもなかった。
 恐る恐る目を開けて、獣兵衛様の肩越しに後ろを見る。
 そこには変わった形の刀を持った――恐らく人間の男が、向こうを向いて立っていた。鳥は……全て地に墜ちて、見るも無惨だ。
 男はぼろぼろの袖から覗く手で何かを拾った。獣兵衛様が俺を下ろし、その人物に礼を言う。
「どなたか存じませぬが、助けていただきありがとうございます」
「助けた?」
 男が振り返る。美丈夫だった。完璧すぎる造形に、得体の知れない悪寒が走る。
 この美しさ、人間ではあり得ない。なのに、妖怪と言って良いのかもわからない。まるで誰かに造られたかのような……。
「おいらは真珠が欲しかっただけだ。どっかで落っことしたと思ったら、まさかこんな雑魚共の手に渡ってるなんて」
 男は緑色に光る何かを懐に入れた。そのまま去ろうとする背に、獣兵衛は問いかける。
「退治屋か、賞金稼ぎではないのですか? 貴方様の獲物です。どうぞ倒された分は首をお持ちください」
「言ったろ。妖怪の死体なんかに興味[]えよ」
 しかし男はふと立ち止まると、足元の死骸を見る。
「こんなのに価値があるのかい?」
 言って頭の一つを踏む。
「この首が討伐の証拠となり、金になります。首以外にも、仕える部位には値が付きます」
「それじゃあ、折れて打ち捨てられた角はどうだい?」
「それは物によりますな」
「例えば麒麟丸の角なら?」
「麒麟丸とは、獣王麒麟丸様のことで? でしたら十両は下りませんな」
「へぇ」
 男は面白そうに言うと、手に持っていた剣を何処かに消した。
「証拠って、一体誰に見せるんだ?」
「この妖怪共の死を願う者達が、我々に討伐を依頼していたのです。具体的には、麓の村の人間達ですな」
「人間か……。つまりこいつらは愛されていたのかい?」
 論理の飛躍に、俺達は首を傾げる。
「憎まれたり恨まれたりはしていたでしょうが……」
「あんた達に頼めば、嫌いな奴を倒してくれるのか?」
「ええ、まあ。それ相応の対価をお支払いいただければ」
「そりゃあ良い」
 男は懐から先程の緑の石を取り出した。
「これと同じものがあと六つある。色は違うがね。おいらはこれを探してるんだ」
「はあ。失せ物探しは専門外ですが……」
「誰が持っているのか判った時点で前払いしよう」
 浮世離れした顔立ちとは裏腹に、交渉には慣れている様子だった。
「真珠さえ手に入れば文句はねえが、ついでに殺しといてくれると面倒が減って助かるから、その分をね」
「そう言われましても、当てもなく探し回る余裕は当方にはありません」
「一応目処はあるんだ。知ってるだろう? 麒麟丸の四凶。少なくともあいつらは一つずつ持ってる」
 俺の尻尾の毛が逆立った。麒麟丸と言えば、最近は鳴りを潜めているが、確か犬の大将と並ぶ大妖怪ではなかったか? 四凶はその部下だろうが、それ相応の手練れに違いない。
「俺達よりも強いお人が敵わない相手から奪うなんて無理だぞ~」
 思わず口に出してしまう。美丈夫は見下ろすように顔を少し傾け、口角を上げた。
「おいらが敵わないって? 四凶なんか一撃で終わるが」
「ではご自分で倒されては?」
「おいらは愛してる奴しか殺さないって決めてるんでね。本当ならこんな雑魚にくれてやる手間は無いんだが」
 男は死骸を蹴って転がしてから、地面に足を戻した。
「心配ならこれを貸してやろう」
 男は緑の真珠を弾き飛ばす。受け取った獣兵衛様は目を見開いた。
「……この鳥達がいつもより強かったのは……」
「真珠のお蔭だろうねえ。いつかは返してもらうから前金の代わりにはならねえだろうが、一先ずそれを使ってみてくれ。後でちゃんと手付金も持って行く。あんたの店は何て名前だ?」
「まずはご自分から名乗っていただきたいものですな。さすればこの話、お請けいたしましょう」
「それもそうか」
 男は目を伏せ、どう言おうか考えているようだった。ややあって、深みのある緑の目を此方に向ける。
「名は理玖。主に打ち捨てられた身でね、今はあるお方の所で世話になってる。付き人みたいなもんかな」
「そのあるお方とは?」
 理玖様は獣兵衛様の手に乗せられた真珠を、優しい眼差しで見つめた。
「麒麟丸の姉御の是露様さ」
 獣兵衛様は長く息を吐く。溜息を誤魔化す時の仕草だ。
「よろしいでしょう。私は屍屋獣兵衛。こちらは奉公の竹千代です。何かありましたらこの竹千代にお申し付けください」
「なんで俺!?」
 話の流れからして絶対この人、麒麟丸様と何かあったんだぞ。そんな地雷踏みたくないぞ~!
「獣兵衛さんに竹千代ね。よろしく頼むよ」
「は、はいだぞ……」
 それが俺と理玖様の出会いだったんだぞ。もう五年以上も前になる。

闇背負ってるイケメンに目が無い。