宇宙混沌
Eyecatch

第1章:実家に帰らせていただきます


 西国での妖怪退治の後、せつなもろは、竹千代は修行をしつつ両親達の元に帰る選択をした。私が理玖[りく]の船に一人残ったのは、ただの好奇心だった。
 理玖は人間達に混じって、海賊と商人を足して割ったような仕事をしていた。他の海賊さん達とは競合しないように、というより、人間じゃ太刀打ちできない海の妖怪は理玖の獲物。海の妖怪は陸のものより遥かに大きい。水の中から現れる巨体をやっつけるのはやりがいがあったし、海賊という職業自体、令和の時代では縁遠いからとても面白かった。
「せっかくご母堂も解放されやしたのに、帰らなくて良いんです?」
「うん! もうちょっと海に居たいかな」
「そうですか」
 笑う理玖の顔は美しい。最近、やけにそれが胸に引っかかるようになった。理玖は前からこんな顔だ。何も変わっていないのに。
 ふと、出発前に母が私とせつなに語ったことを思い出す。
『本当はりんは殺生丸様の奥さんになんてなれるわけ無いと思ってたし、なるつもりもなかったの。りんが死ぬまでお側に居られればそれで良いと』
『ではどうして?』
『……美しかったの』
 殺生丸は見目の整った妖怪だ。娘の私達ですらそう思う。けど、母上が言うには少し意味が違うらしい。
『どんどん殺生丸様のお顔が美しく感じられてくるの。もとよりお綺麗な方よ、でもそれが日に日に一層。それでね、りん、って呼ばれたら、はい、ってお返事するしかなくなって』
 要は父は母を手籠めにしたんだ。とはいえここは戦国時代、当時の母の年齢から言えば婚期が特段早い訳ではないだろう。
 とにかく、私にもそれが起きているんだ。これは、妖術の類なんだろうか。理玖は私の事を愛しているとはっきり言ったくらいだし、私ももう十五歳。可能性は無くはない。
「今夜は朔ですし、とわ様は程々にしてお休みくだせえ」
 ああ、そうだっけ、と飛んできた妖怪の一匹を斬ってから、暮れかかった空を見上げる。
鹿猪[かい]の旦那も休んでくだせえ。この三日間ほとんど寝ずの飲まず食わずじゃねえすか」
 船乗りの一人が言う。
「おいらは完全な妖怪なんでね。まあ、もうここいらに残ってるのは雑魚ばっかりみたいだし、言葉に甘えるか」
 二人で船室へ。食事を摂っている間に、私の髪が黒くなる。
「おいらの顔に何か付いてます?」
「じろじろ見てたのは理玖の方でしょ」
「こりゃ失礼。いや、髪が伸びて随分と可愛らしくなられて」
「朔だからね」
「普段もですよ。初めてお会いした頃は、結べもしやせんでしたが、あれはあれでお似合いでしたねえ」
「長いのと短いの、どっちが好き?」
 理玖は一瞬意外そうに目を見開いて、それから極上の微笑みを浮かべた。
「おいらは、とわ様がどんな姿形をしていようと愛しておりますよ。それより、おいらの好みを気にかけていただける程、愛されていたなんてねえ」
 面と向かって「愛している」なんて言われるのは、何度されても慣れない。自分の無意識の好意を指摘された事も恥ずかしくて、顔が熱くなった。
「今晩、とわ様さえ良けりゃ、おいらが寝所の番をいたしましょう」
 宝石の様な緑の瞳から目が離せなかった。
「それとも、とわ様も一緒に起きてますかい?」
 なんて答えたか覚えていない。ただその答えはするりと出てきた気がするし、夜の間、船の上だから寝台の軋みも他の音に紛れて気付かれないなと思っていたし、翌朝私の部屋には理玖の匂いが色濃く残っていた。

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目次

  1. 実家に帰らせていただきます
  2. 父親
  3. Never come true
  4. 貴方だけのお姫様
  5. 言い訳できない
  6. ましな方の地獄
  7. 一角の甪端
  8. 溺れていたのは
  9. 一緒に帰ろう

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