第4話:姫様の依頼 [4/4]
「逃げただろ竹千代」
「別に俺が居る必要があったとは思えないんだぞ」
とわにこってり絞られた理玖様が、青い顔で俺を捕まえる。
「何かあったんですかだぞ?」
「この仕事終わるまで髪切らないって言われた……」
「ご愁傷様だぞ」
髪の毛ごときで女々しいな。そう思ったのがなんとなく伝わったのか、俺を掴んだ理玖様の手に力が入る。
「それで、お前人型への変化試してみたか?」
「なんとか出来たんだぞ。たまに尻尾出るけど」
「見せてくれよ」
「まだ服が作れないんだぞ」
「おいらの部屋に来な」
俺がかつての理玖様の部屋を譲ってもらったので、理玖様は麒麟丸様のものだった部屋を使っている。しかしこの部屋で理玖様が眠ることは滅多に無く、今や半ば集めた装飾品や書物の倉庫と化している。
適当に服を用意してもらってから、化けた。
「服着ましただぞ」
振り返った理玖様は感心したような声を出す。
「初めてにしては上手いじゃねえか。狸臭さは抜けてねえが。あと着物も歪んでるし」
理玖様は俺の髪を撫でて乱す。
「こっちの方が似合うな。今回の仕事、内容が内容だけに脱ぐかもしれねえし、服は後回しで良いから体と匂いを先に仕上げろよ。寝てる間も化けてられるようになれば合格だな」
「はいだぞ……」
「なんでしょんぼりしてんだ?」
「別に……」
「……好きな服持ってけよ。本番までは変化と着付けの練習優先で良いから」
幾つか着物を貰って、部屋を辞す。人間の姿のままもろはの部屋の前を通って自室に帰ろうとしたところ、もろはの部屋から声が聞こえた。
「竹千代、なんかとわがすげー怒ってたんだけど何か知らねえか?」
「何も!」
慌てて変化を解く。俺の匂いを嗅ぎつけて廊下に出てきたもろはは、着物まみれになっている俺を見て首を傾げた。
「何やってんだ?」
「ほっとけなんだぞ」
「何か知ってるだろ」
「理玖様との約束! 絶対言わないんだぞ!」
理玖様と約束、理玖様の言いつけ。それらは便利な言葉だ。俺が絶対にそれを破らないと、皆重々承知しているからそれ以上は追及してこない。
「わーったよ」
もろはが部屋に引っ込んだのを確認すると、俺は再度人型になって、着物を掴んで部屋まで駆けた。
「足音うるせー」
もろはの言葉だけが追いかけてくる。しまった、子狸の感覚で走るとまずいか。
部屋に入り、戸を閉める。その場で腰を抜かした。
「あ、危なかった……」
人の姿を見られるかと思った。
しかし、いつまでも見せないわけにはいかない。例の妖怪退治の日にはお披露目する事になるだろう。
だとしたら、次はもろはに見てもらいたかった。
「……もろはの好みじゃないことを祈るんだぞ」
だってそうじゃなきゃ、結局ありのままの俺には「何にも無い」んだって、言われるようなものだ。
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