第4話:姫様の依頼 [2/4]
おいら達はそれで解放された。与えられた課題は、菊十文字と、人食い妖怪。どちらか一方でも不備があれば、指輪どころかおいらの命が危ない。
「理玖様~。とわになんて説明するおつもりですか~?」
空を飛びながら、足の下の竹千代が尋ねる。
「指輪は失くしたって言う」
「ええ!? それ絶対とわ怒るんだぞ」
「とわ様に会う直前に、他の女口説いてたって知られるよりマシだ」
本気だったかどうかは、恐らくとわ様にとって問題ではない。つまり、この後妖怪退治で色仕掛けをするかもしれない事も、怒るだろうなあ。成り行きで引き受けてしまったが。
「刀は贋作でも作らせるか」
竹千代に船に向かうのではなく、近くの鍛冶場を探すように言う。とわ様は贋作の菊十文字を令和から持って来ていた。それも令和では贋作ではなく、真作として伝わっていたとか。
「あとは、美男だけを食う妖怪ねえ……」
「理玖様の美貌なら何にも問題無いんだぞ」
「お前、おいらが一人で山を彷徨いていて、襲って食ってやろうって思うかい?」
「思いません」
「そこなんだよ。おいら人間からは人間に見られるけど、妖怪には最初から妖怪だって気付かれてるんだよな」
「大妖怪の血の匂いは誤魔化しきれないんだぞ」
「お前人の姿に化けられないのか?」
「もろはの姿になら」
「女じゃ駄目だ。獣兵衛みたいに自分の人型取れねえのか?」
「やったことないんだぞ」
「案外おいらより色男だったりしてなあ。狸平の北の方は、色気のある美人だって昔聞いたぜ」
狸の美醜はおいらにゃよくわからねえが。
「母上は年子の弟を産む時に身罷られたから、ほとんど何も覚えてないんだぞ」
「美人薄命ってやつか」
「理玖様が言うと洒落にならないんだぞ」
「勿論。だってこの顔も、りおんを産む時に死んだ麒麟丸の嫁の顔なのさ。おいらを造る時に咄嗟に思いついたのがこの顔だったんだろうな」
「……なんか悪いこと言ったんだぞ」
「気にすんなって。流石に六百年もこの姿だと、今更他の顔が自分だとは思えねえよ。……もしかしてお前もそうなのか?」
竹千代はこう見えて変化の腕は悪くない。狸妖怪を取りまとめてきた一族の生まれなのだし、当然常に人型で暮らせるくらいの妖力や技術もある筈だが。
「これまでは万が一政敵に見つかっても、家督を争う気が無いことを示す為に弱そうな見た目を保ってきたんだぞ。でもやめ時を逃したんだぞ」
「なるほどね。じゃあ丁度良い機会じゃねえか」
「俺の小回りの良さを利用してきたのは何処の何方なんだぞ!」
「此処に居るおいらだなあ。今でもこうしておいらに付いててくれるのは感謝してるぜ」
「はあ……。でも、ちょっと、俺がもっとちゃんとして、跡を継げば良かったかなって……」
竹千代は独りごちるように呟く。
「菊之助は相変わらず気が小さいし、俺だって嫁になる女子には、あの姫様みたいな優雅な生活を送らせてやりたかったんだぞ」
そりゃ無理だろう、とは返さなかった。竹千代に殿様の器が無いというわけじゃないが。
竹千代がもろはを大事に思っている事は知っている。けど、もろははあんな生活望んじゃいないだろう。そんなもろはの側に居る為に、竹千代が自ら捨てた道じゃないか。
「……まずもろはを落とすところからだな」
「別にもろはとはそんなんじゃないんだぞ」
「へえ? 今の言葉は『俺が家を継いでたら北の方にしてやったのに』って意味に聞こえたが? お前の相手はもろはしか居ねえだろ」
「だから、もろはが狸の家に嫁ぐわけないんだぞ」
「何故?」
「人の形のもろはは、狸を男として見れないんだぞ」
「人に化けりゃあ良いじゃねえか」
「……仮の姿で好かれても」
「仮の姿ねえ……」
殺生丸の普段の姿のことも、竹千代は仮の姿だと思っているのだろうか。まあ、あの奥方だと、犬の姿でも恋に落ちていたかもしれねえが……。
「さっきの言葉は忘れてください。色々矛盾してるんだぞ。それに、美しさや金や権力で女を釣っても虚しいだけなんだぞ」
「そりゃおいらへの当てつけかい?」
「理玖様ととわは、ちゃんと想い合ってる別の理由があるんだぞ」
今度はおいらが溜息を吐く番だった。
「他の奴等にも、お前の良さに気付いてもらえると良いな」
竹千代は良い男だよ。おいらとは比べ物にならないくらい。
「とわ様やもろはが死んでも、竹千代はおいらの側に居てくれるかい?」
「縁起でもない……。お供するのは勿論ですだぞ」
「その為にも人型への変化、習得してくれよ。おいら何百年か後には人の森に上がってるみたいだからさ」
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。