宇宙混沌
Eyecatch

第5話:妖怪退治 [4/4]

 竹千代の部屋に行くと、丁度中からとわが出てきた。
「怪我の具合は?」
「ちょっと引っ掻かれただけみたい。毒や呪いを受けた感じもしないから、明日には治るよ」
「そっか」
 入れ違いで中に入る。竹千代は寝台の上で、腕で目を覆って横たわっていた。
「貝殻持ってきた」
「その辺に置いといてくれなんだぞ」
「理玖に叱られたこと気にしてるのか?」
「勇敢さと無謀さを履き違えた己を嫌悪してるんだぞ……」
 よくわかんねえけど、理玖の指摘は的を射てたってことか。
 棚の上に貝を置いて、その前に置かれている籠の中身を見た。だいぶ落としてしまったみたいだが、底の方に少し菜が残っている。……のを見たら腹の虫が鳴いた。
「なんだ、飯食ってないのかだぞ?」
「まあな……」
 振り返ると、腕を外した竹千代も此方を見ていた。瑠璃紺の瞳が寄越す視線はいつも通りの筈なのに、本当はこれまでもそれに意味があったんじゃないかって思うと、アタシの方はいつも通りじゃいられない。
「どうしたんだぞ? そう大人しいと気味が悪いんだぞ」
「いや、別に……」
「具合悪いのか?」
 竹千代は寝台から降りて、近付いてくる。熱を測ろうと伸ばされた手が額に触れる前に、言葉でその動きを止めた。
「お前なんでアタシへの変化完璧なんだ?」
 青い目が少し見開かれて、半分開いた口は何と答えるか迷っているようだった。
「そりゃあ……長く一緒に居たから」
「じゃあ獣兵衛さんに化けるのはもっと上手いんだな? 理玖には?」
 早口で捲し立てる。竹千代は伸ばした手を下ろし、拳を握った。
「そんなこと気付かなくて良かったんだぞ」
「……アタシだけなんだ……」
「別にお前に相棒[これ]以上のことは求めてない」
「……どういう意味だよ」
「そのまんまの意味なんだぞ」
「アタシのこと好きなんじゃないのか!?」
「好きだぞ! だからってお前も俺を好きにならなくても良い!」
 そう怒鳴った後、竹千代は手で顔を覆って項垂れる。
「……お前も俺を選んでくれるなら勿論断らないんだぞ。でも、それはこの姿の目新しさに流されてないか? 俺は『可哀相な』お前を虐めて、何一つ本当の事を教えないで、ろくに戦えもしないくせに店の奥でふんぞり返ってただけの男だぞ!?」
 竹千代の陰が濃くなる。アタシは項垂れたままの竹千代を押して、寝台に戻した。
 一度だけ、アタシが屍屋に引き取られてすぐくらいに、同じような状態になったことがある。アタシが仕事の報酬として貰ってきた食材の中に、まずい物があった。膳に置かれたそれを見て、竹千代は蹲ったまま動けなくなってしまって。後で獣兵衛さんに、どうしても苦手な物だから、と今後は竹千代には見せないように言われたっけ。
「お前が豆腐食えないの、それで殺されかけたからか?」
 竹千代は頷く。やはりそうか。だったら、今回竹千代が怯えているのは何だ?
「毒じゃなかったから毒見役が意味を成さなかったんだぞ。俺だけを狙った呪いがかけられていた。ゆっくり何日もかけて弱らせるやつが。可哀相に、最初は毒だと思われたから、毒見役が打首にされて。呪いだと判った頃には、俺の容態を絶望視した家臣が皆離れていた。無実の毒見役を殺した責も問われた」
 アタシは夜着を竹千代にかけてやる。竹千代が吐き出したいことを吐き終えるまで、黙っていようと思った。
「俺の『病気』の所為で狸平[まみだいら]の家も領民の皆の生活も傾くと言われた。俺を治す為に金が必要だからって名目で将監は税を重くしたんだぞ。実際は菊之助に病が移るといけないからと、俺は屋敷の隅のろくに管理もされていない部屋に隔離されていただけなのに」
 竹千代は枕の下から何か文のようなものを取り出した。
「筆が握れなくなる前に辞世の句を詠んだ。弥勒法師には、あと一日二日到着が遅れていたら死んでたって言われたんだぞ」
 竹千代は辞世の句の書かれた箋を仕舞う。青い目がアタシを見た。
「あれを食って俺は何もかも奪われたんだぞ。全部失って、それでも生きる為に自分を偽って。俺自身、俺が何者なのか解らないのに、他人が見ている俺は一体何なんだぞ?」
 そうか。お前は、お前自身に何も価値が無いと思ってるんだな。便利屋や政略の道具としての価値ではなく、対等に向き合ってもらえるだけの価値が。
「さあな。少し寝た方が良いと思うぜ。かなり疲れてるみたいだから」
「喋りすぎたな」
 竹千代は溜息を吐く。
「俺はお前の四倍は長生きするんだぞ。返事はいつまでも待つ。別に無くても良いし、その間は俺は何もしない」
「長生きするつもりなら、辞世の句なんか捨てちまえよ」
 今ここで好きだと言ってやれば、竹千代は救われるのかもしれない。でも、まだ、アタシの方の覚悟が足りてないな。
「お家騒動って、思ったよりドロドロしてんだなあ……」
 竹千代の部屋を出てから呟く。あの将監とかいう奴、竹千代にあんな酷い仕打ちをしてたんだったら、破魔の矢で消しといてやれば良かったぜ。
「返事……」
 いつまでも待つ、か。いつしようかな。
 竹千代とそういう仲になるの、ほんの数日前までは考えてもみなかったけど、今ならはっきり言える。別に嫌じゃない。竹千代だって、アタシのこと好きだって言ったの、本気だろ。
「……あ~~~! それならそうともっと早く言えよな!」
 すっかり仕事の相棒として定着した頃に言うなよな! くっついた後、どんな顔してあいつに乗って飛べば良いんだよ!?

闇背負ってるイケメンに目が無い。