第5話:妖怪退治 [2/4]
「採りすぎたんだぞ……」
俺は背中の籠を見た。船の皆でも食べ切るのは大変な量が既に入っている。
もっと加減して採れば良かった。被害が確認されている地域はまだ陸の奥へと続くが、此処で引き返さないと不自然になってしまう。
一息ついて、空を見上げた。タカマルの姿は見えないが、向こうからは俺を見ている筈だ。
「ん?」
すぐそこの木に葡萄蔓が成っているのが見えた。理玖様の嫌いなやつ。
この姿なら手を伸ばせば届く高さだ。腹も空いたし、食べようと思って近付く。
その時だった。気配を感じて素早く振り返る。
「あ……」
山菜採りに来た農村の娘。いかにもそんな風体の女が立っていた。
「すみません、驚かせてしまったみたいで」
「構わないんだぞ。……食べるか?」
「良いのですか?」
葡萄を一房千切って渡す。
「戴きます」
食べる様子は人間そのものだった。でも、ついさっきまでそんな気配はしなかった。
もう少し情報が欲しい。誤って本当の村娘を斬れば取り返しがつかないんだぞ。俺も別の一房を食べながら、相手の出方を見る。
「初めてお会いしますが、どちらの村の方でしょうか?」
「普段は船に乗っているんだぞ」
「もしかして、海賊……?」
「まあな」
その答えに、娘は顔を青くしてふらふらと後退る。賊が怖いのか。人間かもしれない。
「見境なく襲ったりしないんだぞ。それより、山菜が欲しいなら少し貰ってくれ。考え事をしていたら採りすぎてしまって……」
「まあ」
籠を下ろして中を見せると、娘は再び警戒を解いた。
「ではお言葉に甘えて……」
籠から籠へ、草を移動させる手付きを観察する。さっぱり判らないんだぞ。やっぱり脱がせるしかないんだぞ?
「お礼に漬物でもいかがでしょう? 半刻ほど歩くのですが、家まで来ていただけたら……」
悩んでいたら向こうから誘ってくれた。うう、判定に使える材料が増えないんだぞ。
「家は村の方か?」
「いえ。……父が病で、追い出されてしまったのです」
「……なんと薄情な」
嘘か真か。真なら漬物を貰って引き返せば良いか。嘘なら……。
娘について歩きながら、俺は一つ、策を思い付いた。怖がらせるかもしれないが、その時は詫びとして籠ごと置いて行こう。
「父君と二人で暮らしているのか?」
娘は首を横に振る。
「父は昨年死にました。村に戻っても良いのですが、縁者や親しかった者が居るわけでもないので……」
「……悪い事を聞いたな」
「いえ。久しぶりに誰かとお話出来て、嬉しいです」
「その誰かが賊でもか」
俺は歩みを止める。先に進んだ娘が振り返るより前に懐から刀を抜き、娘に向けた。
ただの人間の娘なら怯えて逃げるだろう。妖怪なら――
「うわっ!?」
突然足元の地面が裂けた。土煙に目を細めつつも娘を見る。居ない!?
「久々の上玉と思ったのだが、そちらがその気なら已むを得まい。少々傷が付くかもしれぬが、我が家で食そう」
「!?」
声は下から聞こえた。と同時に片脚を掴まれる。短刀で腕を斬りつけるが、その前に手を離された。均衡を崩して倒れ込んだ先には、地の底まで続くのではないかと思える大きな裂け目。
「タカマル!!」
呼ぶより先に、巨鳥の影が陽の光を遮る。その脚に掴まって飛び上がった。
「ハアッ!」
直後に理玖様の掛け声も聞こえる。瞬間移動して来てくれたのか。
理玖様が仕留められると良いが。タカマルは船に向かって一目散に逃げる。俺にはもう、彼の姿は見えなかった。
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