宇宙混沌
Eyecatch

妖幻の花 [2/3]

「お前針仕事上手いんだぞ」
「そうか? 人並みだろ」
 しかし褒められて悪い気はしない。機嫌を良くして針を進めていると、竹千代が繕い終わった服に何かしていた。
「何やってんの?」
「幻術をかけてるんだぞ」
 竹千代が服を撫でると、そこにあった縫い目が消える。
「うわ! なにこれ、凄い!」
「狸なら誰でも出来るんだぞ」
「アタシには出来ないもん! お前意外と何でも出来るんだな」
「一言余計だぞ。まあ、色男の姿でお前達を口説くのには失敗したけど……」
 竹千代は短い眉の間を寄せる。
「みんな理玖には頬染めてさ。俺の顔不細工だったか?」
「いや、尻尾出てたのが問題なんじゃ……」
「え!?」
 竹千代は叫ぶと、服を置いて立ち上がり、変化した。上だけ見れば確かに色男だな。
「本当だ。気付いてなかったんだぞ。指摘感謝する」
 もう一度変化の術を使うと、今度は尻尾も消える。するとそこには、アタシより少し年上に見える人間の男が居るみたいだった。
「上手いじゃん、変化」
「そうかな」
「他にも何か出来るのか?」
 竹千代は顎に手を当てて考え込んだ。暫くしてアタシの手を取ると、端切れの一つをその上に乗せる。
「ほれ」
 竹千代が手を翳すと、それは小さな花の形になった。
「うわ……」
 それには縫い目も継ぎ目も無い。枯れることもない、不思議な花。
「凄い! これ貰って良いか?」
「良いけど……」
 竹千代はアタシの前に座る。瑠璃紺の瞳がアタシを見下ろして言った。
「お前可愛いな」
「えっ」
 な、何? なんで急に口説いてくるんだよ?
『食われる心配をするのが竹千代じゃなくなるってだけかもな』
 理玖の言葉の意味がやっと解る。いや、でも、けど。
「な、なんだよ急に!」
「こんな簡単な幻術で喜ぶなんて、まだ子供なんだぞ」
「お前も子供だろ!」
「多分お前よりは上だぞ」
「……幾つ?」
「十七。お前は?」
「……十五……」
 竹千代のが年嵩じゃん……。随分背伸びした変化するなあと思ってたけど、寧ろ今見えてる人の姿で丁度良いってことか。
「じゃあなんであんな子供[ガキ]みてえな姿してんだよ!?」
「半分狸の時か? 俺の一族は大人になっても見た目あんな感じだぞ?」
 う、種族の差を考えてなかった……。
「ならそうと早く言えよ!」
「部屋の事はお前が言い出したんだぞ。俺ちゃんと止めたのに」
 竹千代は再び服を手に取った。
「何にせよ、これからは軽々しく誰かと一緒に寝るとか言うんじゃないぞ。油断させて取って食おうとする奴が居ないとは限らないし、化けられるのは狸だけではないからな」
「はい……」
「作業が終わったら俺は外に行くから、安心して休むんだぞ」
「いやそれは悪いって。狸の姿に戻ってくれたらそれで良いから!」
「あっちの姿に戻るのも疲れるんだぞ……」
「そうなの?」
「まあ子供に手を出す趣味は無いから安心しろ」
 それ、どういう意味だよ。反応に困って黙り込む。子供扱いされたことに怒れば良いのか、アタシが大人だったら手を出したかもしれないという含みに用心すべきなのか。
 アタシは手の中の花を見る。溜息を[]いて、懐に仕舞った。
「溜息吐くと幸せが逃げるぞ」
「へいへい。しゃあねえな、もうそのままで良いから此処で寝ろよ。布団は二組あるし」
「なんでお前が偉そうなんだぞ」
 アタシも針を取る。とわから聞いた話を思い出した。
『私達、もろはを移動させる余裕が無かったからさ。竹千代がもろはのこと安全な場所まで引っ張って行ってくれたんだよ』
 ま、信用しても良いだろ。こんなとこで揉め事起こそうなんて質じゃないだろうし。
「しかし、こうも汚れるととわの作った風呂に入りたくなるな……ん?」
 そこである事を思い出す。
「竹千代」
 思ったより低い声が出て自分でも驚いた。竹千代も肩を跳ね上がらせる。
「な、何」
「お前、アタシ達が風呂入ってるの見てただろ」
「見ないように狸寝入りしてたんだぞ。途中で本当に寝たし」
「本当に!? 絶対何も見てないだろうな!?」
「ちょっ、針持ったまま掴みかかるな危ない!」
 竹千代の悲鳴が上がる。アタシはその晩、疲れて眠ってしまうまで、竹千代とそれについて問答をしていた。

闇背負ってるイケメンに目が無い。