宇宙混沌
Eyecatch

夢は終わる、愛は死なず [1/8]

 伊予の国といえど冬の海は、おいら以外にはかなり堪えるようだった。強い北風が波を高め、船を揺らす。夜になると、熱源は火を熾さない限り己の体温だけになるが、換気の悪い船の中で炭火は危険だ。
 だから姫様達にはうんと暖かい毛布や着物を与えていた。与えていたのに夜な夜な天守の上まで上ってきて、泣きつく奴が居た。
「理玖……」
 涙声に起こされる。濡羽色の髪の姫が、綿の入った着物を引きずっていた。
「また湯が欲しいのかい?」
「ん……悪い……」
「すぐ行く。部屋で待ってな」
 眠気を覚ましてから、もろはを追って下まで降りる。桶に水を集めて、沸かしてやった。火傷しない温度に下がるまで、もろははおいらに縋り付いて暖を取る。
「理玖はあんなとこで寝てて寒くないのかよ」
「おいら、昔から寒さにはめっぽう強いんで」
 一方で四半妖のもろはに、暑さ寒さが他の姫達より堪えるのは仕方のないことだ。
「……親父とお袋に会いたい」
 体が冷えれば心も冷える。もろはがそんな弱音を吐くのはもう何度目か。
 寧ろ、湯沸かし係よりも聞き役として求められているとは解っている。とわ様やせつなにこんなことを言っても、寂しがり屋と一蹴され、良くても励まされるだけ。早くに先代を亡くした竹千代には、とても言えまい。
 その点おいらは適任だ。おいらには親が居ない。親を恋しく思う気持ちも解らないが、解らないなりにもろはの想いを否定することもない。
「帰れば良いじゃないか。竹千代も連れてけ」
とわせつながまだ修行してるのに、アタシだけ帰れるかよ!」
 やれやれ、妙なプライドがあって困った姫様だ。
「三人一緒じゃなきゃ嫌かい?」
「アタシだけなのが嫌だ」
「案外、他の姫様達も同じ事考えてるかもしれやせんぜ?」
 おいらはもろはの頭をぽんぽんと叩く。
 こうなったもろはは何を言っても笑いやしない。泣き疲れるまで泣かせて、湯で足を温めて、寝かしつけてやるまでがおいらの役目だ。流石に一晩寝れば、次の日他の二人の前で笑っているだけの気力は回復する。
 何をしても笑わない、か。
 りおんもそうだった。りおんが笑顔を失ったのは、おいらが生まれたからと言っても間違いではない。少なくとも、りおんが笑っていられた世界には、おいらが存在する余地は無い。
 それでも、冬にはこうやって湯を沸かして、程良い温度になるまで待つ間、りおんはおいらにしがみついていた。
「……何笑ってんだよ」
「ちょいと懐かしい気持ちになってね」
 おいらは視線だけを動かして、桶の様子を見る。
「そろそろ良いんじゃないか? ……?」
「どうした?」
「いや……」
 今、部屋の外に誰か居たような気がしたが……こんな時間だ、気の所為だろう。
 おいらから離れたもろはが裸足になるのを眺めていると、まだ寝足りないことを思い出した。
「眠い……」
「ありがとう。今日はもう大丈夫だ」
 おいらの呟きに、もろはが気を遣ったが、その声はまだ震えている。
「二度も起こしてほしくないんだが」
「明日の仕事、理玖は失敗できないだろ。寝付けなくても今日は我慢する」
「できればおいらを起こす前にそう決意してもらいたかったところだが……ま、別に悪い気分じゃないから気にしなさんな。おやすみ」
 もろはが眠りに就くのを見届けずに部屋を出る。歩いて帰るのも面倒で、おいらはチリンと耳飾りを鳴らした。

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