第1話:変化 [3/3]
「美丈夫を食う妖怪?」
「らしい」
俺は理玖に明日の仕事の内容を聞いていた。理玖は伸びてうねり始めた髪の先を、引っ張って伸ばそうとしながら説明する。
「妖怪自体は大した事ねえから、姫様達の手を借りずとも良いだろう。問題は相当面食いらしくてな。まず誘き出すのに相当苦労しそうだ」
「はあ」
「依頼人も幾つか退治屋を回ったそうだが、どの退治屋の男もその妖怪には会えず仕舞いでな。おいらの噂を誰かが聞いて頼んできたって訳さ」
「綺麗な顔してるもんなあ」
呟くと、理玖は一瞬俺を睨んだが、すぐに瞬きをして元の表情に戻した。
「万が一、おいらが相手の好みから外れていた時の為に、翡翠にも囮役を頼みたい。おいらは自分の匂いを上手く消せねえし、人間じゃないと気付かれても出て来ないだろうからな」
「構わないが、俺そんな良い顔してるか……?」
「髪を下ろせば弥勒法師に瓜二つじゃねえか」
髪と言えば、と理玖は机に足を投げ出して息衝く。
「この仕事さっさと終わらせて、切りたいんだよな」
「わざわざこの仕事の為に伸ばしてたのか?」
「いや、とわ様に黙って色仕掛けが必要かもしれない仕事を取ってきた罰」
「切ってもらえてないのか……」
「伸びるのも速いし、伸びたら麒麟丸の癖毛が出てくるし嫌いなんだよ」
「俺で良ければ切ってやるけど」
「良くねえから誰にも触らせてないんだよ」
やれやれ、難儀な性格だ。俺は苦笑すると、話を戻す。
「囮は俺達二人だけか?」
「いや、もう一人頼んである。とわ様が身重でなけりゃあ、男装させるのが一番手っ取り早そうなんだがな」
「曲がりなりにもあんたの嫁だろ」
良いんだろうか、そんな扱いで。
「その嫁は逆に『男に色仕掛けが必要な時も理玖が女装して行けば良いよね?』って言ってた」
「めちゃくちゃ怒ってるじゃないか。なんで相談せずに引き受けたんだよ」
「おいらが頭だぞ? なんで仕事請けるのに一々他の奴の許可が要るんだよ」
「内容が夫婦の信頼を傷付けかねない場合は、夫として一言あった方が良いと思う」
真正面から突き返すと、理玖は机から足を下ろした。肘をついて額に手を当て、黙り込む。誤解を招きそうな所作だが、理玖なりに相手の言葉を理解しようとしている時の仕草だ。
「お待たせしましただぞ」
理玖の反応を待っていると、先程言っていた「もう一人」と思われる奴が部屋に入ってくる。口元にほくろがあって、色気のある美少年だった。こんな奴居たっけ?
「上手くなったじゃねえか、変化」
理玖は顔を上げ、その姿を見て褒めた。それで俺も気付く。
「竹千代か!」
「そうだぞ」
「例の妖怪は一人で行動している男を狙う。まずはおいら、次に竹千代、最後に翡翠が順番に接触を試みよう」
「俺は戦い慣れてないから、一人で始末出来なかったら助けてほしいんだぞ」
「わかってるよ。変化は何刻続けられるようになった?」
「昨夜一晩、寝てる間も多分大丈夫だったんだぞ。もろはに見ててもらったから」
「上出来」
「おい、まさか色仕掛けって、床にまで入れなんて言わないだろうな?」
「実を言うと、相手も人間の振りして出てくるらしいんだよなあ。男がその気になって丸腰になった所を襲うって手口らしい」
「うわ……」
そりゃとわが怒るのも無理無いよ。というか、竹千代みたいな大人と子供の境に居る奴には荷が重いのでは。
「相手がその妖怪だって確信が持てるならしなくて良い。もし普通の人間だったなら、後は好きにしろ」
「なんつーか、相手が誰であれ、理玖は寝る気満々に見えるんだが……」
「そりゃあ、おいら相手が妖怪かどうか見分けるのが苦手なんで、慎重にやるなら最後まで致す覚悟はしとかねえと」
いや嘘だな。とわと出来なくて溜まってるんだろ。それか、ここんとことわと喧嘩続きだったようだし、当て付けか? 逆に怒らせてどうするって感じだが。
「俺もやるのかだぞ?」
「できる範囲で頼むよ。昨夜もろはで特訓したんだろ?」
うわ、理玖の奴、機に乗じて竹千代ともろはもくっつけようとしてないか? てか、特訓?? もしかして事後???
「もろはの反応はどうだった?」
「……理玖様にも言いたくないんだぞ」
理玖は笑う。
「『上手くやった』って解釈しておくよ」
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。