第1話:変化 [1/3]
朔の日だからって盛ってんじゃねえよ。
俺は隣の部屋から漏れ聞こえる、とわの艶っぽい声に溜息を吐いた。とわの部屋は、以前麒麟丸の姉の是露が使っていた部屋だと言う。今俺が居るせつなの部屋はその隣、麒麟丸の娘のりおんの部屋だ。
普段は部屋の外まで声が響くほど激しくはない。第一、とわは既に身籠っているからな。だが、朔の日は事情が違う。とわが刺激に弱くなるのか、はたまたせつながぐっすりなのを良い事に、理玖が好き放題しているのか。俺の推測では両方だ。
「せつなは寝てても俺は起きてんだよ……」
いや、理玖のことだ。俺に聞かせて煽っているんだろう。せつなは俺と愛矢をくっつけたがったが、理玖は事あるごとに俺とせつなをくっつけたがっている!
寝台の上でせつなが言葉にならぬ寝言を漏らした。俺は息を殺して、その寝顔を覗き込む。すやすやと眠っているのを確認して、ほっとした。
俺が朔の日にせつなの寝所を離れないのには理由がある。この船に乗って間もなく、理玖が俺を呼び出してこう告げた。
『朔の夜はせつなの傍についててやれ。以前船乗りの一人が押し入ってな。おいらが既の所でやめさせたが……』
理玖は言いながら、俺の手に渡来品のかるたを握らせた。
『姫様が寝るまでこれで遊んでやりな』
俺は床の上に散らばった札を見る。理玖って良い奴なんだか悪い奴なんだか。とわの旦那なんだから悪い奴だなんて思いたくないけど、やること為すこと、とても「善人」とは言えないんだよなあ。
壁の向こうでとわが一際大きく鳴く。やっと静かになった。俺は膨らんだ劣情が鎮まるのを待つ。
「こんな事で手を出せるわけないだろ……」
忍び込んだか迎え入れられたかの違いだけで、それじゃ俺も押し入った船乗りと同じじゃないか。
「とわは身重なんだから少しは加減しろよな」
徹夜明け。未明にとわの部屋から出てきた理玖を捕まえる。理玖が振り返るのに合わせて、肩まで伸びた髪が綺麗な弧を描いた。
「何の話だ?」
「惚けるな。昨夜とわの部屋でヤッてただろ」
「撫で回して温めはしたが、流石に挿れてはないぜ」
そういう問題かよ。俺は咳払いをして、気を取り直す。
「なら良いけど、隣まで響いてきてんだよ。近隣に迷惑にならねえようにしてくれ」
「野郎共の部屋の方がどんちゃんやってて五月蝿いだろ?」
「酒盛りとこれとは違うだろ!」
ハア、と理玖は笑いながら溜息を吐く。
「つくづく真面目だな。父親の弥勒法師は、若い頃は色々凄かったって噂を聞いたが」
「親父と一緒にすんじゃねえよ!」
思わず声が大きくなる。理玖が「しー」と、指を唇に当てた。
「せつなが襲われた事は知られないようにしてくれ。例の件は、その場に居た者の間の秘密にしてるんだ」
「そうなのか?」
「特にとわ様には知られたくないんだろ。それで、いざとわ様に『何故夜通しせつなの部屋に居るのか』と問われた時、お前は良い答えを持っているか?」
「……かるた」
「せつなが寝た後も?」
「…………」
確かに丁度良い言い訳だ、俺とせつなが共寝をしているというのは。とわやもろはが反対する訳ないし、他の奴らへの牽制にもなる。例えそれが事実じゃなくても。
「せつなもお前が居てくれる方が安心だから、寝る時に追い出さないんだぜ? それがどんな意味を持ってるか、解るだろ?」
俺になら何されても良いって?
「……俺が何もしないって信用してくれてるんだろ」
俺は踵を返す。背後では理玖の溜息が聞こえた。
幼馴染と言う程付き合いは長くない。だがお互い、退治屋の一員として、信頼できる仲間として過ごしてきたんだ。それを今更覆すのか、俺は。
『俺はお前が……!』
いつもそれしか言えないのは、何より自分が怖いからかもしれない。せつながこの手に入ったとして、代わりに俺が何を失うのか。
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