地獄の先は天国 [1/5]
愛している奴らのことはこの手で殺す。
最近はその信条が揺らいでいた。特に饕餮からとわのことを庇ってから。とわに好きだと言われてから。
代わりに妙な衝動がある。とわを滅茶苦茶にしたい。殺したいわけじゃないが、自由を奪って、泣くまで弄んで、おいらだけを求めさせたい。
「っていうの何だと思いやす?」
瘴気虫の毒が抜けた頃、アネさんに相手の名は暈して訊いてみる。アネさんは呆れた声を出した。
「ふん。お前もいっちょ前に愛慾が湧くようになったのだな」
「あいよく?」
「夫婦の営みに必要なものさ」
「へえ。世の夫婦は皆、こんな乱暴なことをしてるんで?」
「乱暴に扱うかどうかは本人次第さ。お前は元がそういう趣味だから、相手が気の毒だね」
「ふむ。しかし、営んで何になるんです? それに、おいらに妻はありません」
「そんなことも知らないの」
アネさんは溜め息を吐く。それでも、赤子に教えるように説明してくれた。
「良いかい、つまりは命のやり取りだ。夫婦でなくとも誰とでもできるが、無闇にせぬようにな」
「木偶人形のおいらにもできるんです?」
それを聞いて、アネさんは笑った。久しぶりにアネさんの笑い声を聞いた。
「そういやそうだったねえ。付いてないなら子も作れまい」
アネさんはおいらの隣を通り過ぎる際、聞こえよがしに呟く。
「欲を吐き出す術を持たぬか。地獄よの」
「え?」
「お前がお気に入りを殺していく理由が解ったよ」
「……アネさん!」
アネさんは部屋を出て行く。おいらはやり場の無い感情を込めて、テーブルを叩いた。
愛している奴らのことはこの手で殺す。そうしないと、おいらが狂ってしまうから。
その翌日にはとわを森に誘き出していた。延々と地獄で煮え続けるつもりは無い。やはり自分の信条に従うのが一番だ。
「またあの蛍みたいな光が見えたから、理玖が呼んでるんだってすぐに判ったよ」
とわは持ってきた食べ物を勧めてくるが、おいらはその手を握って止める。
「とわ様、おいらのこと好きだと言ってくれましたよね?」
「へ? う、うん……」
「おいらもとわ様のこと、好きだと思います」
「本当? じゃあこれからも仲良く――」
「だから今夜一晩、付き合っていただけませんか」
「……何に?」
とわは漸く警戒心を覗かせる。引っ込められそうになった手を強く握り直し、引いてとわの頭を胸に埋めさせた。
「安心してください。おいらは子を作る事はできやせんから」
それ以前に、今夜貴女は殺されるのですから。
「ちょ、ちょっと――」
抵抗したがる口を、己の唇で塞ぐ。あまりの心地良さに、無意識で舌を割り入れていた。とわも、突き飛ばすことすら忘れて身を任せている。
それを受容と都合良く受け取って、おいらはとわを地面に押し倒した。
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。