第4話:井戸に落とした [2/3]
風呂と寝巻代わりの浴衣を借り、居間に戻ってくる。とわ様はまだ起きていた。
「そういえばお腹の傷どうなった? まだ血が出る?」
「もう包帯は要らねえみたいです。痕はまた当分残るでしょうが」
「良かった」
とわ様は言うと布団を被った。おいらは疲労感と共に、隣の布団に座り込む。
「どうしたの? また気分悪いの?」
「いえ。湯を被るのって、結構体力を使うんですね」
「理玖には水浴びの方が良いかもね」
とわ様が布団から手を出し、おいらの手に触れた。
「眠くなくても横になったら良いんじゃない? 知らないことばっかりで疲れたんでしょ?」
「そうします」
とてもじゃないが、今日これ以上の情報を詰め込む気力は無い。だからといって、考え事もあまりしたくないが……。
「……とわ様?」
おいらが布団に潜ると、とわ様が此方の掛布の下に移動してきた。
「近くで寝たい」
「寒いんですかい?」
「そうじゃないけど」
とわ様は顔をおいらの肩口に埋める。別に突き放す理由は無い。
とわ様の銀髪を指で撫でている内に、気付けばおいらも意識を手放していた。
「こうして見ると、あどけない顔してるね」
「ね。いつもは大人びた表情してるけど、たまに子供みたいに笑うとすっごく可愛いんだよ」
「パパに惚気けないでよ」
「えへへ。でも理玖の寝顔を見れるのは珍しいんだ」
「一緒に寝てないの?」
「理玖が寝る日は一緒だよ。でも理玖は早起きだから、だいたいいつも気付いたら居ないんだよね。今回はすごく疲れてるんだと思う」
「慣れない環境だしね……」
「うん。早く向こうに戻らなきゃ」
そんな会話が遠くからだんだん近くに聞こえてきて、目を開ける。とわ様と草太が見下ろしていた。
「すいやせん。叩き起こしてくださって良かったのに」
「まだ疲れてるなら、今日は寝てれば良いよ」
「いえ、大丈夫です」
「なら、写真を撮ってもらえないかな?」
起き上がると、草太が提案する。
「写真……」
「こういうやつ」
とわ様が棚の上に置かれていた板を取った。緑色の襟の服を着たかごめ様が、小さくなってその中で止まっている。
「解ります。希林がよく撮ってやした」
「君達いつ向こうに帰るかわからないしさ。平日なら飛び込みでも撮れるだろうし、僕も萌も丁度休みだから、これから行こう」
「理玖絶対タキシードも似合うと思うよ!」
「はあ……」
布団を片付けながら、すっかりその気の親子の言い分を聞く。まあ、こちらの世界で生きていくには何事も経験だろう。
「目の痣消せる? そのままだとお化粧とかしてくれる人が変に思っちゃう」
「気をつけやす」
「あと、『おいら』って一人称はやめた方が良いね」
「何故?」
「いまどき『おいら』なんて言う人居ないんだよ」
「ふむ。『儂』とか? 『あっし』とかですかね?」
「うーん、『俺』とか、『僕』とか、『私』とかが良いかな……」
「じゃあ『私』にしときやしょう」
「『しときやしょう』みたいに『ま』を『や』で置き換えるのもだいぶ目立っちゃうな……」
やれやれ、注文が多い。ボロを出さずに乗り切れると良いが。
「一番大事なとこ忘れてるよ」
草太が口を挟んだ。
「とわのこと様付けするのは、外ではちょっとね。敬語は良いけど」
「確かに……」
「わかりました」
とわ様も歳を十八に誤魔化すことになった。ただそうすると草太夫妻の娘や養女とするには無理があり、かごめ様の娘、つまりは草太の姪という設定に。
「ええっ、十六歳じゃ駄目なの?」
「今年から結婚可能年齢変わったんだよ」
「これで良し」
おいらが身支度をしている間に、とわ様は手紙を書いていた。手にハンドクリームを塗り、その手紙に擦り付ける。
「それは?」
「井戸に落としとくんだ。もし留守の間にまた通じたら、向こうにこっちの状況が伝えられると思って」
「なるほど」
「理玖も何か書く?」
「ええ。船が心配です。実は駿河の辺りで待たせてるんですよ」
船の皆に伊予まで戻って良いと伝えてほしい。そう追記して井戸に手紙を落とす。とわ様が「懐中電灯」で中を照らすと、便箋はまだそこにあった。
「井戸はまだ寝てるみたい」
「ですね」
おいら達は、草太が待つ神社の下まで階段を降りる。
「十八に見えるかなあ……」
同級生に見られると困る、と言って、とわ様は車に乗る前に深く帽子を被り直した。
「あ、理玖、これは自動車って言ってね、」
「似た物が希林の記憶にあります。もっと大きくて、中に黒い服の女が詰まってる光景が……」
「あー……修学旅行のバスかな? とにかく乗って」
言われた通り乗り込もうとしたところ、視線を感じた。
「…………」
黙って乗り込む。反対側から入ってきたとわ様が身を乗り出し、おいらの肩の上から黒い帯のようなものを引っ張り出した。
「シートベルト締めるね」
「とわはお腹の上避けて締めるのよ」
「解ってるって」
とわ様が作業している間に、妖術で周囲の探知を行う。人間の男が二人。じっとこの車を見ている。
「しゅっぱーつ!」
「えっ、ちょっと、ママが運転なの!?」
「僕は止めたんだけど」
「良いじゃないたまには」
とわ様の焦った顔、草太の諦めた顔。おいらがその理由を知るまで、あと五秒。
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