宇宙混沌
Eyecatch

第4章:井戸に落とした [1/3]

 真実の愛とは何なのだろう。麒麟丸はある女を愛し、その子を産ませる時に喪った。形見の子を愛して、愛して、しかしその愛はりおんにとっては重荷でしかなかった。自ら命を絶ちたいと願うほど。
 実のところ、おいらは神様の存在なんか信じちゃいない。唯一神と他の宗教の神は矛盾するから、だったら全てが創作だろうと割り切った上での信仰だ。
 それでも仮に神が居たとして。何故、神は愛を誓わせるのか。それは必ずしも幸福や安寧を呼び込まないのに。
 おいらはまだ、愛が何かを解っていないのか?
「気分[わり]いな……」
 井戸へと続く階段に腰を下ろした。耳をそばだてたが、何も聞こえない。
 思考を戻す。とにかく、誓いも、愛も、免罪符にはならない。死んだ麒麟丸に代わって、今はおいらが罰を受けているのだ。再び妻子を喪うかもしれぬ恐怖に怯える、という罰を。いや、昔の事を忘れ去って、軽率に子など求めたおいら自身への罰かもしれない。
 婚前交渉について女の親が怒るのは尤もだ。向こうからすれば、何処の馬の骨とも知れない相手の子の為に娘が命を落とすなんて、言語道断だろう。
 それで一つ、考えていることがある。
「……なんだ?」
 本当に吐き気がする。今日は初めて食べる果物も沢山あったし、何か変なのが混じっていたようだ。
「理玖! 何かあったの?」
 草太達は帰ったようだった。居間でおばあさまとテレビを見ていたとわ様が尋ねる。
「なんか吐きそうで」
「えっ、大丈夫? 大ママ、調べ物したいからスマホ貸して」
 便所で腹の中の物を出している間に、とわ様が原因を突き止めようとする。
「あ、アボカドかな……犬とかが食べると嘔吐するって」
「犬はとわ様の方なのに」
「基本、実に毒は無いみたいだから、理玖が食べた所がハズレだったのかもね」
 今夜は結局母屋に泊まることになった。眠れはしないだろうが、具合が悪くなる度に叩き起こすのも忍びない。
「とわと理玖さんはこの部屋で良い? 狭いけど」
「うん!」
 居間の家具を幾つか隅に寄せて、布団二つ分の広さを確保する。おばあさまが寝具を持ってきてくれた。おいらは寝ないので一つで良かったが、それだけ言うと誤解を招きそうだったのでありがたく受け取る。尤も、夫婦で同衾するのは当たり前ではあるのだが。
「お風呂はどうする?」
「私は入ろうかな」
「理玖さんは?」
「入って良いのでしたら」
「もちろんよ」
「後で蛇口とかの使い方だけ教えてあげるね」
とわはくれぐれも滑らないようにね」
「うん。あ、そーだ。パパかかごめさんの本借りて良い? 理玖が」
「本当に眠らないのね。良いんじゃない? でも、とわは明るいと寝れないんじゃ?」
「蝋燭一本分の明かりがあれば十分ですよ」
「卓上ライトも借りるね。じゃあ選びに行こ」
 階段を上り、とわ様は草太の部屋の戸を開ける。
「前に此処で読ませてもらった漫画が面白くてさ」
「まんが?」
「こんなの」
 とわ様が一つ取って中身を見せる。絵巻物の類か。
「こちらは?」
「パパの高校・大学時代の本だね。参考書や専門書だから、面白くないかもよ」
 とわ様の説明は雰囲気しかわからないので、自分で一つ取って題目を見た。
「『線形代数学』」
「読んでも海賊業には役に立たないと思うよ」
「草太さんが学んだということは、こちらの世界では役に立つのでしょう?」
「え……まあ、そりゃあ」
 一つ、考えていることがある。とわ様に令和の世で出産させるのだ。以前とわ様やかごめ様が言っていた。「向こうの世界では、お産は格段に安全になった」――おいらの中の希林の記憶もそれを肯定している。
 おいらが此処に馴染めるとか馴染めないとかの問題ではない。とわ様の安全を考えれば、例え井戸がまた通じたって、無視して此方に残る方が良い。少なくとも、お産までは。おいらととわ様の子であれば人の形で生まれてくるだろうし、何か誤魔化す方法はあるだろう。
「万が一、何年も帰れないのだとすると、こっちで稼いで生きていく術を身に着けにゃなりません。いつまでも日暮家に養ってもらうわけにはいきやせんし」
「それはそうだけど……だからって何も今日から始めなくても。それに理玖なら、新しく何か覚えなくても、翻訳や通訳ができるじゃない」
「翻訳、なるほど」
「その為には新しく出来た単語や俗語を覚えないとね。これはちょっと古い漫画だけど」
 とわ様はおいらの手に漫画を押し付ける。
「とわ様が好きなんですね、この物語」
「あはは、バレた? 一緒に語ってくれる人が欲しくてさー」

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