第1話:井戸に落ちた [2/2]
「あらあら、また随分と綺麗な顔の旦那さんだこと」
「どうも」
何はともあれ、おいら達は日暮家に身を寄せていた。大ママ、ととわ様が呼ぶ女性が、お茶を持ってきてそう言う。
「あ、理玖、緑茶も駄目だよね」
「昨日寝たので今飲むのは大丈夫です」
ありがたく戴いて一息吐いた時、草太が眉間に皴を寄せて言った。
「流石に早すぎやしないか……?」
「結婚の事? 確かに令和だとまだ出来ないけど……」
「向こうじゃ遅いとは言いませんが、早すぎて非難される程ではないですね」
事実を言えば、草太は呻る。猫を膝に乗せた老人がまあまあと宥めた。
「とわは元々戦国の子じゃろうて」
「頭では解ってるんだけど、心が追いついてなくてね……」
「まあ腹の子の事は、芽衣さんには黙っておいた方が教育上よろしいでしょうなあ」
おいらが言うと、その場に居た全員が振り向く。
「そういや理玖、さっきも『日暮さんのお父さん』って言ってた?」
「言いやした」
「もしかして、希林先生の記憶もあるの?」
「みたいです。但しあいつの記憶は、あくまで麒麟丸が覗き見した分だけみてえですが」
「とわ、パパ達にも解るように説明してくれるかい?」
とわ様が紙に絵を描き、一所懸命解説する。
「えーっと、つまり理玖さんと希林先生は同じ妖怪の分身で、見る物聞く事が本体に筒抜けだった。その妖怪の記憶を理玖さんが取り込んでしまった為に、希林先生の記憶を理玖さんが持っている……?」
「すごーい。今の説明で一発で解るなんて」
「伊達にあの姉ちゃんの相手してないからな」
「かごめやもろはちゃんは元気にしてる?」
「うん! 家族三人で仲良く暮らしてるよ」
「なら良かった」
良くない、と言いたげな目で草太がおいらを睨む。
「それより、腹の子って?」
おいらは溜息を吐かないように気を付けた。まさか二人目の舅も相手にしないといけないことになるとはねえ。
「妊娠してるの?」
「めでたいのぉ~」
おばあさまとおじいさまは祝福してくれるらしい。が、父親の方は納得いかないらしい。令和の価値観ではそうだろう。
「戦国の世じゃあ、夫婦になるってことは子作りするってことと同義ですよ」
とはいえ、おいらの方もそう返すしかない。ふてぶてしくならないように口調には気を付けたが、草太は顔の皴を深くしただけだった。実際、おいら達の場合は順番が逆だったので、それがバレると話がややこしくなるが。
「ああっ!」
とわ様が突然大声を出す。おいらも驚いて少し腰を浮かした。
「何ですか?」
「そういえば結婚式挙げてないよ! あっちでは祝言? って言うんだっけ」
「確かに。すっかり忘れてやした」
「じゃあ神社で挙げちゃう? 簡単なので良ければすぐ出来るでしょ?」
おばあさまはおじいさまに問う。老人は頷いた。
「あ、でも理玖はクリスチャンだよね?」
「そうですね。そこまで敬虔じゃないんで、何でも気にしませんが」
「妖怪にも信仰ってあるんだ?」
草太が驚く。おいらは笑った。
「世界中の経典を読んで気に入ったのを選んだだけですよ。妖怪は人間に比べたら、死に対する興味や恐怖は薄いですから」
「一回死んだ人がよく言うよ」
とわ様の言葉に、草太はいよいよ頭を抱える。そりゃあ情報量が多すぎるだろう。
「気になること、今まとめて訊いちゃって良い? 萌や芽衣には僕から説明するし」
「どうぞ」
「理玖さんは一体どのような妖怪で?」
「麒麟です」
「動物園に居ない方の麒麟ね」
とわ様が補足する。
「それって本当に居たのか……」
「実際数は少なくて、日本に居るのはもうおいらだけじゃないですかね」
「そうなんだ」
隣のとわ様が呑気に相槌を打つ。
「失礼かもしれませんがお歳は?」
「六百年は生きてますね」
「犬のにーちゃんの三倍!?」
「実は私の本当のパパと同世代なんだっけ?」
「そうですね。まあ、ろくに頭を使うようになったのは二百年前からですけど」
「十分長い……」
「そんなに悩まなくても、おいらのことは普通に婿扱いで構いやせんよ、お義父様」
「ちょっと待って! まだ『お義父様』って呼ばれる準備は出来てないかな!」
「じゃあ日暮さんのお父さん」
「それはなんか危険な匂いがするからやめよう!? 草太で良いよ!」
「草太さん」
呼ぶと草太は視線を上げ、おいらの目を見た。そして漸く、肩の力を抜く。
「いや、少し戸惑っただけなんだ。戦国時代では、とわの年齢で結婚妊娠が珍しくないのは僕も解ってる。すみませんね、値踏みするような真似をして。妖怪の良し悪しなんて僕には判らないのに」
「職業海賊って言ったら卒倒しちゃうね」
「とわ様、もう言ってる」
「え゛!?」
その後海賊についての誤解を解くのに四半刻使うことになった。
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