第8話:五百年越しのありがとう [4/5]
「もう未練はありやせん。戦国に帰りましょう」
午後、私達は近所のカメラ屋さんで写真を刷り直した。長持ちするらしい印刷方法で刷ってもらったツーショットを、理玖は大事そうに写真立てに挟む。
「良かった。理玖、ずっとこっちに居たら過労で死ぬんじゃないかと思ってたから」
「そんなに疲れてるように見えやした?」
「すっごく。ストレスマッハって感じ」
「……帰りたいのは、おいらの為なんですか?」
「え?」
「とわ様が望むなら、おいら――」
「私も帰りたいんだよ」
それ以上は言わせなかった。だって声が震えていたから。
「もちろん草太パパ達と一緒に居たい気持ちもあるけどさ、私の居場所はこの時代には本来無いんだよ。それに、せつなや母上達が待ってる」
「それがとわ様の本心なんで?」
碧い目が心の奥底を覗こうとする。珍しいな、理玖がこんなに念を押すなんて。
「……どっちの世界も完璧じゃないよ。こっちでは私は『普通』の女の子では居られない。あっちでは育ての親に会えない。でも、総合的に見れば戦国時代に居る方がマシかな」
「『マシ』ではなく、『こっちを選んで良かった』と言えるようにしてあげますよ。おいらが」
「理玖って時々本気でクサいこと言うよね」
草太パパ達に置き手紙を残し、大ママ達に決意を伝える。大ママは最後に、まだ残っていた林檎を食べさせてくれて、それからギュッとしてくれた。
「つったって、まだ帰り方わかんねえじゃねえか」
此処に来た時の服に着替え、井戸へ。叔父さんは井戸の縁に乗っかっている。
「案外、全く同じ状況を再現したらあっさり帰れたりするんじゃないですかね」
理玖が懐中電灯で井戸の底を照らす。
「一回動いたみたいですぜ」
「え?」
「落とした襟巻きがありやせん」
叔父さんと私も井戸を覗き込む。何も無い底を確認して、理玖が懐中電灯を消した。
「さて、身重のとわ様を何度も落とすわけにはいきませんからね。犬夜叉」
「俺が落ちた時の状況を再現するには、かごめが必要だぞ」
「『おすわり』って叔母さんしかできないんだっけ」
「やってみろよ」
叔父さんが身を乗り出す。おすわり! と叫んでみたが、何も起きない。
「仕方無い。おいら達から行きますか」
「ちゃんと迎えに来てくれよ」
「そもそも私達も帰れなかったりして」
タイミングを合わせる為に、今回は理玖に突き落としてもらう事にした。直後、理玖は私の下に瞬間移動して回り込む。
「それじゃ、お先に」
少しの寂しさを含んだ言葉は、井戸の中で反響して消えた。
空が見えていた。
「成功した!」
そう叫んでしまってから、とわ様の身を案ずる。
「大丈夫。今回も理玖が守ってくれたから。理玖こそ痛くなかった?」
「暫く立てない程度には痛いですね」
「ごめん……」
「もう少ししたら出ましょう。狭いので難しいですが、抱えて上まで飛ぶくらいなら、なんとかなるかもしれやせん」
「そっか、そういえば理玖も飛べたね」
「竹千代のように誰かを運ぶには向いてないので、できれば避けたかったんですが」
「しっかり掴まってるから大丈夫」
明るく言ってから、とわ様はおいらに縋り付き、顔を伏せる。なんだかんだ言って、この選択はいつも、彼女に相当な苦痛をもたらしているのだろう。
おいらはその頭の向こう側に、躑躅色を見た。
「とわ様、おいらの襟巻き取ってください。そこに落ちてます」
上に乗られたままでは手が届かない。頼むと、とわ様は頷いて振り返った。
「……阿久留!?」
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。