第8話:五百年越しのありがとう [2/5]
女が消えた木から視線を外し、家へと向かって歩を進めようとした時だった。
「今の女誰?」
突然現れる殺気。背後から抱き締められるというロマンチックな状況なのに、とわ様の声色が全然そうさせてくれない。
「おいとわ! 俺には跳ぶなって言っといてそれはねえだろ」
犬夜叉の声も聞こえる。とわ様が大人しく待っていてくれるかどうかは五分五分だと思っていたが、犬夜叉と二人で追跡していたか。
「とわ様、誤解です」
「離れた後、名残り惜しそうに見てた」
「そりゃそうでしょう!」
あ、まずい、火に油だ。腰に回された腕が締め付けてくる。振り返ろうとすると、呆れた顔の犬夜叉が目に入った。
「浮気で確定か。たっぷり絞られろ」
「だから誤解だって! 彼女、麒麟だったんですよ!」
「麒麟?」
「だいたいもう気配がしないでしょう! 妖術で帰ったので!」
とわ様達は匂いを嗅ぐ。犬夜叉が先程の木の下まで歩いて、「確かに此処で消えてるな」と言った。
「同種を見つけて即行声掛けたってワケ? このナンパ師~」
「向こうから誘ってきたんですよ!」
「いや誘われても行くなよ」
犬夜叉が面倒臭そうに呟く。おいらは絞めつけてくる腕の力に、命の危険を感じた。
「とわ様、息、できな……骨折らないでくださいよ!?」
とわ様の束縛が少し弛んだ隙に叫ぶと、おいらの真似をされる。
「私が骨を折るのは折られるような事をした奴だけ」
「ぐっ……」
「ほっほ。賑やかじゃな」
「じいさん呑気な事言ってないで止めてやれよ」
「まだ死にとうない」
「そりゃ俺もだよ」
犬夜叉も、様子を見に来たおじいさまも助けてくれないらしい。おいらは已むを得ず、瞬間移動でとわ様の腕から抜ける。
「話を聞いてください! 彼女は昨日の化粧係で――」
「何も言わずに出てった人の話なんて聞けないよ! 話したくなかったからでしょ!?」
図星だ。とわ様に話したくなかった。言えばきっと、犬夜叉と同じく反対すると思っていたから。
「とわ様、これだけは。あの娘はそういうんじゃありません。おいらが娶るのはとわ様お一人だけで十分です」
「本当?」
「本当です。とわ様だけを愛しています。今後もずっと」
それだけは誓っても良い。
とわ様は少し落ち着いたようだ。犬夜叉達はやれやれといった様子で、それぞれ家と神社に戻る。おいらはとわ様の手を取り、口付けた。
「やはり指輪は買って――」
「ご機嫌取りは良いよ」
するりと指が抜ける。とわ様は俯いて、絞り出すように言った。
「あの人がそういうのじゃないっていうのは信じてあげる。でも、なんだろ。私だけを好きでいてほしいわけじゃないんだよね」
「言ってる事がさっぱり解りやせんが」
「理玖はまだ一つしか愛の形を知らないんだよ。もっと皆のことも愛してあげてよ」
「……おいら、手に入れたことがないものは、あげられませんよ」
おいらがとわ様を愛せるのは、とわ様がおいらを愛してくれたからだ。アネさんに尽くせたのは、アネさんがおいらを生かす為に尽くしてくれたからだ。
「そうかな?」
とわ様の紅い瞳がおいらを射貫く。
「理玖が受け取ってないだけのように見えるけど」
『受け取る覚悟が足りないんだ』
傍目から見るとそうなのか。おいらは納得できずに、険しい顔になる。その顔を、とわ様は手のひらで挟んだ。
「『皆』の中には理玖も入ってるよ。もっと自分のことも愛してあげて」
「難しい事を仰いますね」
おいら自身への愛は、一体何処から湧いて出てくるんだ?
「理玖が話すことに比べたら、全然難しくないよ。理玖はさ、林檎、好き?」
「ええ、まあ」
「でも林檎は別に理玖のこと好きじゃないよね? それと同じだよ」
とわ様はおいらの胸を指した。
「理玖の中にも愛情の種はあるよ」
上手く理解はできなかったが、その言葉に救われたような気になった。とわ様を腕の中に包み込む。とわ様もおいらの背に腕を回した。
「一人でどっか行くなんて心配した。私だけじゃなくて、大ママ達もだよ? 誘われたって言っても、相手が危ない人だったり、事故にあったりしたらどうするの。スマホも持ってないのに」
「すいやせん」
「で、あの人と何してたの?」
「あの娘とは何もしていません。彼女の身内を紹介されていました」
「身内を紹介された? 誰?」
「教えられません」
「結局言えないんじゃん」
「今はまだ」
「まだ? いつになったら良いの?」
「そうですね」
少し身を離して、とわ様の顔を覗き込む。
「孫が生まれたらですかね」
「……気が早すぎない?」
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