宇宙混沌
Eyecatch

第2章:二人の里帰り(後編) [7/8]

 流石にやりすぎた。結局明け方まで抱き続けて、もろはは声も掠れてまともに歩けない。詫びではないが、今日も一日俺に乗せて移動だ。
「あっ!!」
「どうしたんだぞ?」
 突然笠の上のもろはが叫ぶ。
「紅が無い! 昨夜落としたのかも」
 探すから引き返せと言う。俺は断った。
「何処で失くしたかわからないのに、此処までの道程を辿る気か?」
「落としたのは昨夜だよ! 別れる前に見せただろ? それにあれ、ばあちゃんの形見だって……」
 そう信じているもろはに真実を教えるのは酷だと思っていたが、良い機会だ。言ってしまおう。
「あれは理玖様が作らせた偽物だぞ」
「えっ? なんでそんなことお前が知ってんだよ」
「何かの折に理玖様が言ってたんだぞ。本物は奈落とかいう妖怪に壊されて、もう無いんだぞ」
「でもでも、親父達が見間違えるわけ!」
「破片を通りがかった理玖様が集めて材料にしたんだぞ。だから少しは元の性質を引き継いでるけど、見た目が同じ別物であることに変わりはないって」
「けどよ、あれが無いとアタシ紅夜叉に……」
「まだわからないのか? お前は紅なんか無くても、我を忘れればああなるんだぞ」
 つい語調が強くなった。驚いて言葉を詰まらせたもろはに、今度は努めて優しく伝える。
「紅を使えば紅夜叉になれる……つまり、紅が無ければ紅夜叉になれないっていうのは、ただの暗示だぞ」
「なんでお前がそんなこと知ってるんだよ!」
「獣兵衛様に聞いた。獣兵衛様はお前の師匠から聞いた」
「はあ~?」
「紅夜叉になる度に、お前は身も心も削ってるんだぞ! ほとんど人間のお前の体はあの妖力に耐えられないし、その所為で丸一日起き上がれないんだぞ。同じ理由で、繰り返せばそのうち我を失って、ただの破壊衝動の塊になるんだぞ」
「あ……」
 心当たりがあるらしい。黙り込んだもろはの慰めになるかは知らないが、駄目元で言ってみる。
「俺が言うのもなんだけど、弱い奴には弱いなりの戦い方があるんだぞ。俺は妖術が使えるし、お前は策が練れる。霊力だってあるんだし、紅夜叉になれないからって皆お前を見損なったりしないんだぞ」
「…………」
「そんなに紅が欲しければ、俺が買ってやる」
「……いや、探す。あれにはじいちゃんの墓が入ってるし」
「ああ~そうだったんだぞ……。そんな大事な物落とすんじゃないぞ!」
「お前が服めちゃくちゃに脱がすからだろ!」
「痛っ! 耳蹴飛ばすな!」
 渋々引き返す。幸い、昨夜過ごした場所にそのまま落ちていた。
「それはそれとして、別の紅は買ってやるんだぞ。大事な紅は今度から船に置いて出掛けろ」
「わかったよ」
 近くの人里に下りる。もろはもなんとか歩ける程度には回復していた。
 城下町のようで、艶紅[ひかりべに]を扱う店もすぐ見つかった。俺達の恰好を見て店主は訝しんだが、先に代金を払ってやると品を見せてくれる。
「貝に入ってるのが良いか?」
「竹千代が選んでよ」
 もろはが持っているような綺麗な形の貝は無かった。ましな物を一つ選んで、店を後にする。
「紅って高いんだな」
「粗悪品で良ければ庶民にも手が出なくはない」
「つまりこれは良いやつって事か……」
 中の玉虫色の輝きに、もろはは納得いかない顔をしている。
「要らないなら他の奴に売り飛ばすんだぞ」
「そんなことない! ありがとう! ただ普通の紅がどんなのか見たことなかったからさ」
 そのまま少し歩いて移動する。町の声が遠くなった所で、さっきの紅を出すように言った。薬指に取って、差してやる。
「ほら、何も起こらないんだぞ?」
「だって普通の紅だし」
「お前が持ってるのもそうなんだぞ。本物の形見だったとしても」
 いつもは紅夜叉になってしまうから、唇に紅が付いたもろはの顔は寝顔しか知らなかった。今俺を見上げているのは、いつも通りのもろはで、それでいて少し艶めいている。
「もう紅夜叉にはならんでくれ。俺はお前にも長生きしてもらいたいからな」
 貝殻を閉じて、もろはを抱き寄せた。俺を見上げていた顔が背伸びをして近付いて、その紅を俺の口にも分けてくれた。

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