第6話:世界の隅がお似合い [3/5]
「ええ~? また喧嘩したの?」
「今回は理玖だよ」
「すいやせん」
「でも全員一発食らわせただけで済んだんだから良いよ~。普段の理玖なら、鮫の餌にして食べ終わるまで甲板でニコニコしてるよ」
草太がヒュッと息を呑んだ。
「理玖さん、そういうご趣味が?」
「否定はしやせんが、おいらが鱶に食わすのは鱶に食われるような事をした奴だけですよ」
「言い訳としては百点満点中五点くらいだね……」
「今回は相手が訳わかんないんだもん、しょうがないよ。私の顔木刀で殴った事もあるくせに、結婚したかったなんて」
「は? 木刀で殴った?」
「とわ様、それは本当ですか?」
「本当だよー」
傍で写真を見ていた芽衣が答える。
「理玖さん、完全犯罪が可能であれば、殺してくれても全然良かったですね」
「掌返すの早すぎやせんか? あとおいら、自分の手にかけるのは好きじゃないんで」
しかし、それなら斬首くらいはしてやっても良かったな。特別例外で。
「だから鮫に食べさせてるんだよね」
「残虐! やっぱり理玖さん悪い海賊なんじゃないですか~?」
「妖怪なんて多かれ少なかれそんなもんだぜ」
芽衣の隣に座って、一緒に写真を眺めていた犬夜叉が言う。
「俺は人間は食わねえけどよ、理玖は食えるだろ?」
「その気になれば」
草太が震え、妻子を抱き寄せた。まあまあ、と宥める。
「相手は選びますよ。それに、おいらは妖怪を食べる方が口に合ってますし」
「うっ……それはそれで共喰い……」
「流石に麒麟は食べません。というより、一族以外の麒麟に会った事がないので」
「! そろそろ塾行かなきゃ」
抱き寄せられて時計が目に入ったのか、唐突に芽衣が声を上げた。
「じゃあ送ってって、そのまま僕達も帰るよ。そうですよね。妖怪だもの」
後半、草太は自分に言い聞かせるように言った。三人が居なくなり、静かになった居間にはテレビからの音が響く。
「本日早朝、――からミサイルが発射され――」
「五百年経っても人間は戦をしているのですね」
おいらが呟くと、おじいさまが頷く。
「うむ。戦争が世界から無くなった日はこれまでに無いじゃろうな。日本ではもう長らくしとらんが、今年は流石に気が気でないわい」
テレビのニュースは、また違う国の戦争について報じている。残虐で使用が禁止されている兵器を使ったとかなんとか。
「妖怪の世界では戦争って無いの? 私のお祖父さんと麒麟丸が喧嘩してたとかは知ってるけど」
「人間みたいに徒党を組んで、というのは珍しい方ですね」
「だなあ。そもそも群れる妖怪は雑魚が多いし、親父や麒麟丸みたいな奴らの戦いは、手下の小競り合いを除けば大掛かりな一騎打ちだしな」
「妖怪には人間のような高い知能を持たない者も多い。政も権力集中型で、人間社会ほど複雑じゃありません。力の誇示に興味が無ければ、己の身を守る為の戦いが出来ればそれで良い」
「縄張り争いや食糧争い、四魂の玉みたいなお宝の争奪戦で関係を拗らせたら話は別だがな」
「いずれにせよ、直接利害関係のある者同士の話です。無関係の大多数を殺戮する人間と比べて、どちらが残虐かは明白ではないでしょう。麒麟丸が言っても、説得力は無いでしょうが」
「む、難しい……」
おいらと犬夜叉が交互に答えると、とわ様は「訊くんじゃなかった」と言いたげに苦笑した。
「ごめんね。パパが残虐って言ったの怒ってる?」
「そんなことは。鱶が飯食ってるのを見るのが楽しい事は否定しやせん」
「ペットとか水族館感覚なんだ……」
「すいぞくかん……? 何にせよ、おいらだって誰も何も殺さずに生きられるならそうしたいですよ」
「夢物語だな。麒麟丸の傀儡だった頃はそうじゃなかったのかもしれねえが、誰も傷付けずに生きていくなんて無理だぜ? この菓子一つ取っても、牛や豚が使われてるみてえだし」
犬夜叉は「ポテトチップス」と書かれた袋の裏を見る。
「殺生丸様は霞を食って生きてらっしゃいますから、限りなく誰も傷付けていないのでは?」
「それ、りんや邪見の前でも言えるか?」
「私の前でも言えたことじゃないよ」
「こりゃ失敬」
とわ様は膨らませた頬を萎め、尋ねる。
「ていうか、やっぱり父上、霞食べて生きてるの?」
「比喩ですよ。妖力を蓄えれば蓄えるほど、食事は必要なくなってきますからね」
「へえ。理玖はそういうのになりたいんだ?」
「その方が手間が無くて良いでしょう? しかしおいらの場合、あと百年くらいは妖怪を食わんとならんでしょうなあ」
「大変なんだね……」
「ま、此方で人間に交じって生活する分には、多少妖力が弱まっても問題ありやせんよ」
とわ様に笑いかける。犬夜叉が「それだ」と身を乗り出した。
「理玖てめえ、人間になるつもりなのか?」
「犬夜叉、麒麟として生まれた者は、何食ったって人間にはなれやせんよ」
「此処で息を殺して生きていくつもりかって意味だよ」
「それも悪くないとは思っています」
殺生丸と同じ色の瞳が、おいらを貫くようだった。
「それでとわが喜ぶのかよ」
「私? えっと、何の話?」
「まだ俎上に乗せるべきではないでしょう。その是非を議論したくば、まず帰り方を見つけていただかなくては」
とわ様を無視して、犬夜叉を煽る。選択肢が無い状態では、語るに無意義だ。ケッ、と犬夜叉は目を逸らすと、居間を出て行ってしまった。
「安心してくだせえ、とわ様」
閉まった扉を見つめていた彼女を振り向かせる。
「悪いようにはいたしやせんから」
♥などすると著者のモチベがちょっと上がります&ランキングに反映されます。
※サイト内ランキングへの反映には時間がかかります。