宇宙混沌
Eyecatch

第7章:一角の甪端


「ワン!」
 腕の中のクロが突然吠えた。と同時に、私の鼻にも届く、よく知る匂い。
「……理玖?」
 理玖の、血の臭い。
「理玖!?」
「走るな」
 駆け出した私を、クロごと父上が抱え上げる。そのまま低空飛行して、森の中に蹲る理玖を見つけた。地上に降り、クロを地面に降ろして近寄る。
「理玖! どうしたの! 誰に襲われ……」
 言葉は尻すぼみになる。理玖のお腹に刺さっていたのは理玖の西洋剣[ソード]で、柄を握っているのも理玖だったからだ。
「とわ様……」
 口の端から血を流しながら、理玖が顔を上げる。
「やれやれ……ちょっと場所が近すぎましたかね」
「何言ってんの!? 早く治療しないと」
「流石に腹に一発じゃ死にやしませんよ」
「そういう問題じゃないだろ!」
「そういう問題なんです。できるだけ苦しみたくて」
 何言ってんだこいつ。理玖、たまにわけわからない思想を語り始めるけど、今日のは一段とヤバいな。
「父上! とわ!」
 血相を変えたせつなが駆け付ける。血溜まりを作っている理玖を見て、真っ青になった。
「ねえ、せつなは知ってるの? 何があったの?」
 せつなは父上を見る。私も振り向くと、父上が口を開いた。
「全て聞いたのか」
「せつなの名誉の為に言いますと、だいたい自分で辿り着きましたね」
「そうか」
 理玖はピアスを弾こうとした。咄嗟に腕を掴んで阻止する。理玖の視線が私に逸れた隙に、父上は理玖の剣を掴んで一気に引き抜いた。
「ぐあっ……」
「ちょっと父上!」
「この程度では死なん。尤も、逃げるのなら斬る」
 父上が放り落とした剣の匂いをクロが嗅ぐ。
「あっ、危ないよ!」
 理玖のことを支えていたので、制止が遅れた。ぺろぺろと剣に着いた血を舐めたクロが、突如変化[へんげ]する。
「うわぁ」
 そこには黒髪の赤子が座っていた。
「ふん。流石に獣王の血は滋養があるようだな」
「どういうこと?」
 理玖の心配をすべきなのか、やっと人形[ひとがた]になれた妹のことを喜ぶべきなのか。情報過多でめちゃくちゃ混乱してきた。
 父上は答えない。人間の姿になったクロを抱き上げ、理玖を振り返った。
「貴様にとわはやれぬ」
「えっ」
 抗議の声が出たのは、私の喉からだった。
「なんで!? 今更!」
「理玖」
 理玖は腹の傷を押さえながら、黙って顔を上げる。
「己の在り[よう]の為にとわに縋るな」
 緑の目が見開かれる。
「私からはそれだけだ」
「え、意味わかんない」
「とわも」
 父上は今度は私を見る。
「このままでは二人共海の藻屑となるぞ」

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目次

  1. 実家に帰らせていただきます
  2. 父親
  3. Never come true
  4. 貴方だけのお姫様
  5. 言い訳できない
  6. ましな方の地獄
  7. 一角の甪端
  8. 溺れていたのは
  9. 一緒に帰ろう

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