第7章:一角の甪端 [3/4]
「ごめんなさい……」
しくじった。寝ている隙に糸を切ってやろうと忍び込んだのに、起こしてしまった。そして、全て知られてしまった。
それに、何故だ、怖くて足がすくむ。元々理玖の匂いは麒麟丸と同じだが、それが益々強くなっている。距離が近いからか?
緑の眼が私を見下ろす。それを見ていると否が応にも思い出した。同じ目の色の妖怪に、胸を真っ二つに裂かれた時の事。とわに強がってみせても、自分の意識が遠のいていく底なしの恐怖を。
「謝ることはないですよ。元々おいらが麒麟丸と繋がってることの責はあんたには無いし、あんたしか縁の糸は切れないんだから。まあでも」
おいらあんたのこと嫌いだよ。
理玖はそう言い捨てると、私から離れた。置きっぱなしだった鎧を着け、襟巻きを掴む。
「そうとなれば、此処には居れねえな」
誰に言うともなくそう呟くと、理玖は耳飾りを鳴らして消えた。
私だってお前のことが嫌いだ。けど、これじゃ、とわが悲しむ。
私はその場にへたりと座り込んだ。少し落ち着こう。状況を飲み込め。
……まず、理玖の妖力がリセットされたなんて嘘だ。鱗ごときで私の刃が防げる筈がない。あれは妖気の盾だ。きっととわの助けを借りる口実欲しさに爪を隠していただけで、あれがあるならとわや子供を守る事なんて容易い筈。奴も何か企みがあって、とわを私達に預ける算段だったのか。
次に、何処へ、何をしに行ったかだ。瞬間移動は匂いで追えない。何をするつもりにしても、当てを付けて見付け出し、連れ戻さないと。
「父上!」
「殺生丸様ならとわとくろちゃんのお散歩ー」
理玖が貢いだ反物を着物に仕立てていた母上が答える。私は所縁の断ち切りを握り直すと、屋敷の外へ飛び出した。
薄々そんな気はしていた。ただ絶対に認めたくなかった。
「クソがっ!」
おいらは村の近くの森の中に姿を現す。やり場のない思いを口汚い言葉に乗せて吐き出したが、それで収まるものでもない。
おいらは結局、どこまでいっても麒麟丸と綯い交ぜなのだ。皆の話によると、おいらの元の角も一度りおん様や麒麟丸と同化している。その後返してくれる時に、麒麟丸の記憶が混じったとしてもおかしくはない。
そして、まだ縁が繋がっている所為で、麒麟丸にも……。あいつには何処まで見えているんだ? とわ様との夜まで覗き見されていたなら我慢ならない。
「おい麒麟丸」
呼んでみたが、返事は無い。
……とにかく、おいらはもうとわ様の元には帰れねえ。おいら以外の麒麟丸に痴態を晒したかもしれないなんて。いや、恐らく既に、とわ様は麒麟丸に接触されている。それでおいらから離れようとしたのに……。
「阿呆はおいらだ……」
とわ様はおいらのことを許しちゃくれないだろう。覗き見の事を差し置いても、とわ様は麒麟丸がせつなを殺した事をまだ恨んでいるし、これからも忘れやしない。「所詮」麒麟丸でもあるおいらも同罪だ。
おいらは耳飾りを鳴らした。現れた剣を握る。
「おいらも麒麟丸のこと、許せねえよ」
とわ様に触れられない世界で生き続けることに意味が見出だせなかった。ならばいっそ。
「おいらの痛みを知れ!」
手首を回し、切っ先を己に向ける。背中に抜けるまで、深々と剣を突き刺した。
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Written by 星神智慧