第7章:一角の甪端 [2/4]
船の外では有象無象の妖怪達が降っていた。
『喉が渇いたな』
『何かお注ぎしましょう』
銀の器に希林理が紅い液体を入れる。その器を取った己の腕には黒い手甲が巻かれていた。一口飲めば、視界が歪む。
薬を盛られた。
いや、待て。これはおいらの記憶じゃねえ。これは、麒麟丸の部屋の、麒麟丸の椅子から見える景色だ。
おいらは気配に目覚めると、振り下ろされた薙刀を腕を伸ばして受け止めた。
「何!?」
「寝込みを襲うとは、随分と卑怯な事をしやすねえ」
見上げると、驚愕を顔に浮かべたせつなが居た。
「違う! 私はお前の……それより腕!」
「どうもしやせんよ」
おいらは上着の袖を捲る。黒く光る鱗がおいらの皮膚を覆っていた。
「おいら一応麒麟なんですぜ?」
「……変化出来るのか、妖体に」
「そりゃあ、あんたと違ってちゃんとした妖怪ですからね。元の形が人形なんで、疲れますが」
言って鱗を仕舞う。おいらは立ち上がると、せつなに詰め寄った。
「それは見えないものを切る薙刀だ」
せつなはじりじりと後ろにさがり、やがて襖にぶつかった。おいらはその頭の上に手を突き、とわ様と同じ顔の女を見下ろす。
「繋がってたのはりおん様と麒麟丸ってところですかい?」
「あ……」
「そいで、切れたのは片方だけ」
「……すまない」
「おいらが寝てる間に麒麟丸が喋り出すとか、そんなところでしょう?」
せつなはこくり、と頷く。
「なんでちゃんと切ってくれなかったんです?」
「ごめんなさい……」
せつなは震えながらか細い声で言った。怯えた表情もとわ様そっくりだ。
「謝ることはないですよ。元々おいらが麒麟丸と繋がってることの責はあんたには無いし、あんたしか縁の糸は切れないんだから。まあでも」
紫の瞳が泣きそうになっておいらを見上げている。おいらはその目をじっと睨んだ。
「おいらあんたのこと嫌いだよ」
だってあんたの方がとわ様より綺麗だから。儚く刹那に散ってしまいそうな顔をしているから。なのにあんたはまだこうして生きている。
どうせならあの時そのまま死んでくれれば良かったのに。そうしたら、麒麟丸との全面対決という事態にも、希林を井戸の向こうから呼び戻す事態にもならなかった筈だ。
そしておいらが、本気でとわ様を殺そうなんて思う事も、なかったのに。
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Written by 星神智慧