宇宙混沌
Eyecatch

第9章:一緒に帰ろう


 おいらは死ぬしかなかったんだ。
 そんなこと最初から解っていた。麒麟丸の体から切り離された瞬間からそうだ。おいらはいずれ、不要となり消え去る事を望まれた存在だ。
 麒麟丸の命を狙ったのは、ちょっとした気まぐれで、意趣返しのつもりだった。愛する姫様達をおいらが殺すのも良いが、彼女達に麒麟丸を殺してもらうのも悪くない。あいつが道連れなら、少しは己の存在の虚しさから目を背けられると思った。
 ああ、でも、結局独りで逝くのか。りおんの糸に絡め取られ、妖霊蝶に取り込まれようとしていた時、それをとてつもなく寂しく感じた。
 愛されるものは美しく消えてしまうものだ。おいら、ちゃんと誰かに愛されただろうか。このまま消えてしまうのに?
 思い浮かぶのは紅い瞳。
 とわ様。希林と二人残してきてしまった。あいつは麒麟丸の右腕、下手をすれば麒麟丸よりも剣の腕が立つ。
 嫌だ。どうせ死ぬなら共に死なせてくれ。とわ様のことを愛しているから。
 とわ様はおいらがあの世へ連れて行く……!

 いつの間にか眠っていた。またあの時の夢だ。
 羽織っただけの着物を整え、帯を結ぶ。立ち上がって己の掌を見た。
 この手でとわ様の命を握るまで気付けなかった。本当に愛している人は殺せないんだって。
 妖霊蝶の中でとわ様に伝えた言葉は全て本心だ。おいらが殺したかった。生きていてほしかった。心の底から愛していた。
 あの時の気持ちを思い出せ。
「理玖ー」
「とわ様」
「具合はどう?」
「血は止まったみたいです」
「それなら村まで散歩しに行かない?」
「軟禁はどうしたんです?」
「父上はどっか行っちゃったし。今は貧血で妖術も使えないでしょ?」
「はぁ……悔しいですが否定できませんね」
 奥方に声をかけ、村を目指す。陽はもう傾きかけていて、風は涼しかった。
「おいら、とわ様に謝らなきゃいけません」
「何を?」
「首を絞めてしまったこと」
「……ああ。でもハッタリかます為でしょ?」
「本気だったんですよ。途中まで」
 ここまで言ったところで反応が怖くなり、顔を背けた。右手にとわ様の指が触れる。
「気にしなくて良いよ」
「でも、怖がらせましたよね?」
「理玖が私のこと殺したがってたのは、結構最初から知ってたよ」
「…………」
 おいらは立ち止まり、空いている左手で目の上を押さえる。
「覚えてないの? ほら、朔の日にさ。『愛してるならとっとと殺すべき』~とかなんとか」
「…………」
 言った記憶はある。まだ愛も恋もよく解らなかった時のこと。
「とわ様、よくそれでおいらに『好き』とか言いましたね」
「だって守ってくれたじゃん」
 とわ様が目の前に回り込み、無理やり視界に入った。
「殺したい気持ちよりも、守りたい気持ちの方が強いんだなあって。信じてたから怖くなかったよ」
「でも睨んだじゃないですか」
「そりゃ最初本気で絞めてくるんだもん! 苦しかったよ~」
「すいやせん」
「私の方こそ」
 とわ様はおいらの背に腕を回す。肩口に顔を埋めた。
「理玖のこと囮にした」
「そりゃ、おいらが頼んだことですよ」
「蹴飛ばしたら死ぬかもしれないって解ってたのに」
「二人共殺されるよりましでしょう?」
「私だけが理玖を守れたのに」
 その言葉に、とわ様の背中を撫でようとしていた手が止まる。
「私が死ねば理玖は見逃してもらえたかもしれないのにって……」
「その考えは危険です、とわ様」
「解ってる。でも、理玖がまた会いに来てくれるまで、毎日そう思ってた。私が殺したんだって」
「とわ様……」
「それに比べたら、この命をあげることくらい、なんてことないよ」
 言葉が出ない。酷く辛い思いをさせたこと、詫びたくてもどうすれば良いのか解らなかった。
 止まっていた手を動かし、とわ様を抱き締め返す。
「とわ様」
 返事は無い。おいらは銀の髪を撫でて、続けた。
「おいらこうして生きてやすから。もう泣かないでください」

「でもね、理玖」
 呼吸が落ち着いた頃、とわ様は顔を離して言った。
「もう私の命もあげられないんだ」
 とわ様はそっと、自らの腹を撫でる。
「わかってやす」
 そこに居るのはまだ何も持たない者だ。母への愛も、父への愛も。この子が何かを与えてくれるようになるまでには、まだ長い月日がかかる。
 それでも愛すべき存在なのだ。
「おいら、大事なことを忘れてやした」
「何?」
「近頃のおいらは、とわ様が何でも与えてくれるのに、甘えきってやした。でも違うんです」
 今度はおいらからとわ様の腰に手を添えた。
「見返りなんてなくても貴女を守りたかった。あの朔の日からはずっとそう思ってました」
 それが自分で決めた己の存在意義だった。おいらはとわ様の言葉に縋らずとも、自分で己が何者なのか定義できたんだ。
 その筈なのに、いつしかとわ様の愛に溺れて、その光を見失っていた。
「おいら、守りきる自信が無いなんて言ってる場合じゃないですね。それくらいしかしてやれないのに」
「そんなことないよ」
「一緒に船に帰りましょう」
 とわ様の言葉を遮るようにして言い切る。
 とわ様は暫く俯いて黙っていた。やがて微笑みをおいらに向ける。
「うん。理玖ならこの子のことも守ってくれるって、信じてるよ」

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目次

  1. 実家に帰らせていただきます
  2. 父親
  3. Never come true
  4. 貴方だけのお姫様
  5. 言い訳できない
  6. ましな方の地獄
  7. 一角の甪端
  8. 溺れていたのは
  9. 一緒に帰ろう

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