「理玖さんの名前はどう書くの?」
とわ様のご実家で療養中、殺生丸の奥方のりん様にそう問われた。借りている部屋に来た奥方は、しっかり筆記具も手にしている。
「こうです」
おいらは筆を受け取ると「理玖」と自分の名を書いた。隣で見ていたとわ様が感嘆する。
「うわ、字綺麗。お手本みたい」
「そうですかね?」
「こっちの字はどういう意味?」
奥方は「理」を指差す。
「世の中の理という意味です」
「こっちは?」
今度は「玖」だ。
「黒い宝玉のことですね」
「へぇ~」
「とわ様も知らなかったんですかい?」
「『玖』の字は習ってないからね。でもなんで? 理玖、元々髪も目も黒くないのに」
「言ってませんでしたっけ? おいら、麒麟丸から水を司る力だけを受け継いでいるんですよ。五行で水は黒です。寒さが平気なのもそのためでしょう」
「何も解らなかったけど、一応理由があることは解った」
「……ところで、お義母様は、何故急にこんな事を?」
問えば奥方は困ったように笑う。
「りんね、字が読めないの。だからとわとせつなは漢字が無いのだけど、くろのには付けてあげたくて」
「へー。じゃあ理玖の字良いじゃん。くろのも黒いし」
「そこは普通に『黒』を使えば良いのでは?」
「当て字の方が可愛くない?」
「そういうもんですかい?」
「『ろ』と読む字にはどんなのがあるの?」
「そうですねえ」
おいらは紙の余白に幾つか書き出しながら、意味も伝える。
「路、炉、櫓、露……」
「これ良いね」
奥方は「露」の字を指差す。おいらは額に手を当てた。
「意味は良いんですけどねえ……」
「何か問題があるの?」
「アネさんの名前こう書くんですよ」
おいらは「是露」と己の名の横に書き足す。とわ様も「ああ……」と納得した顔をした。これじゃおいらとアネさんの子みたいだ。
「母上、やっぱり母上が解らない字を無理に使う必要はないんじゃないかな」
「そうかもね」
あっさりした性格の奥方で助かった。