よりにもよって [1/3]
「オッ、今日は理玖の旦那居るじゃん」
その日おいらは、獣兵衛に発破をかける為に屍屋に居た。進捗の遅さの理由を聞き、小言を言おうと開いた口は、そのままやって来た少女の対応の為に使われる。
「これは姫様。おいらに何か御用で?」
「アタシさ、女は男に自分を売って稼げるって聞いたんだ。旦那買ってくれない?」
「「「はぁ?」」」
思わずそう呟いたのは、獣兵衛と竹千代も同様だった。おいらは額に手を当てて、溜め息を吐く。
「もろはは鏡を見たことがないのかい?」
「鏡? あることはあるけど……」
「おいら面食いなんでね。せめてとわ様やせつなくらいの美貌はほしいところだな」
「要求が高すぎるんだぞ……」
竹千代が真っ青な顔で、それだけを呟く。
「そもそも、『自分を売る』ことでどんな行為をしないといけないのか解ってるのか?」
獣兵衛も呆れた声を出す。もろはは首を横に振った。
「そりゃ面白い」
嗜虐心がくすぐられた。獣兵衛に問う。
「奥の部屋借りれるか? 金は払う」
「構いませんが……」
本気か? と言いたいのがよくわかる。獣兵衛も食えねえな。どうせもろはのこともおいらが殺すってのに、そっちは見逃してこっちは看過できないってのは。
「初物なら色付けて一貫ってとこだが」
「そんなにくれるのか!?」
「……獣兵衛さん、普段こいつに幾ら払ってんだ?」
「働きに見合った分は渡してますよ」
「あっそ」
おいらは組んでいた腕を解き、奥を示す。
「それじゃあ、今から何をされても文句言わずに従え」
「ひ、酷いんだぞ」
俺は奥から聞こえる声を聞きたくなくて、耳を塞いだ。
「よりにもよって理玖様に売ることないんだぞ!」
理玖様は「傷付けても良い相手」と見做した者には容赦無い。これまでにも、寄ってきた人間の女を戯れに口説いては、相手の承諾を得た途端態度を豹変させているのを見てきた。
妖怪の体力に人間を付き合わせる事自体虐待に等しいのに、理玖様は更に追い打ちをかける。自分が人間を愛する筈が無いだの、不細工のくせに調子に乗るなだの。殺しはしないものの、俺が相手の女なら死にたくなるほど、こっぴどく振るのには長けている。
なんでこんなことを俺が知っているのかって? 理玖様が終わるまで近くで待機していろと言うからだぞ。多分、俺に情事を――というより人間を甚振るのを聞かせるのも、理玖様には娯楽なのだ。
「もろはが自分で売ったんだ。それに理玖様は金はちゃんと支払う」
「でもそれで二度と外を歩けなくなったらお終いなんだぞ~」
「流石の理玖様も、女子の顔に傷は付けまい」
「そういう問題じゃないんだぞ~!」
「こんにちは~」
「ヒィッ!」
今一番来てほしくない奴ら、とわとせつなが店の暖簾を潜って入ってきた。
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