第6話:みんな何処か欠けている [3/4]
「……来世では人に恨まれないものに生まれ変われよ」
仕留めた土竜妖怪に手を合わせた。頭上から竹千代の声が聞こえ、顔を上げる。
「よくやってくれた」
「これで理玖様の首も繋がったんだぞ」
「首?」
竹千代の背には理玖と、せつなも乗っていた。久し振りに愛矢に会いたいので、次の謁見には同伴させてほしいと、今朝理玖に頼んでいるのを聞いた。
「何かまだ隠しているのか?」
「いやあ、失敗したら打首と脅されていただけですよ」
「ふむ。愛矢がそう無闇に極刑を命じるとは思えないが。一体何をした?」
「何もしてねえよ」
「理玖様相変わらず嘘下手なんだぞ……」
「お前が余計なこと言うからだろ!」
俺は苦笑する。また止めなきゃ収拾つかないな。
「はいはい。証拠持って屋敷に行くよ」
俺も竹千代に乗せてもらって、空へ。屋敷の近くに降り立ち、竹千代は変化を解く。可愛い大きさの狸になった。せつなが尋ねる。
「人型にならないのか?」
「あの姿で姫様の前に出たら、面倒なことが起きる予感がするんだぞ……」
「そうか」
せつなはすっかり愛矢に意識が向いているようだ。深くは突っ込まず、先頭に立って歩き出す。一方で俺の歩みは重い。
「良い台詞は思い付いたかい?」
「何も。もろはと同じ、出たとこ勝負ってわけ」
屋敷に通される。証拠の土竜の手と、献上品の偽菊一文字を前に置き、俺達は頭を下げる。
「面を上げい」
聞き慣れた声。恐る恐る顔を上げると、愛矢は俺の――隣に座ったせつなを凝視していた。
「せつなではないか! それに翡翠も!」
「久しいな愛矢。急に嫁に行ってしまって、驚いた」
「それはすまなかった」
「あのー姫様?」
せつなに駆け寄ってキャッキャと盛り上がり始めた愛矢に、理玖が声をかける。
「証拠品と献上品を確かめて、私の預けた物を返してくださいやせんかね?」
「そうじゃった。どちらも良かろう。返してやれ」
家来が何か箱を持ってくる。理玖は中から金の指輪を取り出して、心底ほっとしたように指に嵌めた。
困惑している家来達の一人が尋ねる。
「して、姫様。その方は……?」
「我が武蔵に居た頃の友じゃ! せつなが退治したのか?」
「いや、今回は私は道具を作っただけで、此処に居る三人の功績だ」
「礼が遅くなったな。あの妖怪にはほとほと困っていたのじゃ。これで民も殿も安心して山を歩けるじゃろう。褒美を取らせい」
最後の一言は家来に向けて放つ。
「折角じゃ。積もる話もある。馳走になって行かぬか? せつなが好きな豆腐もあるぞ」
「おいらと竹千代は、荷物を持って先に帰ろうかと。妖怪には人間の食べ物が口に合わないんでさあ」
理玖が一方的に言った。竹千代はそれで良いのだろうか、と視線を下げると、青い顔で頷いていた。
「それじゃ、帰りのせつなの護衛は任せたぜ」
「俺が守ってもらう側かもしれないけどな」
二人が出ていった後、部屋に膳が運ばれてくる。
「豆腐を食べるのも、かなり久し振りだな」
「せつな等も今は海賊をやっておるのか?」
「ああ」
「確かに船の上ではなかなか食べられぬであろうな」
「それもあるんだが、豆腐が苦手な奴が居てな。見ると尋常でなくなるらしいので、避けているんだ」
「そんなに嫌いとは」
「あくまで推測だが、それで殺されかけたのではないかと」
そういうことか。さっきの様子からすると、余程辛い目に遭ったのだろう。
「毒殺か。物騒じゃのう。これは毒見を済ませてあるゆえ」
「戴こう」
「……いただきます」
それより、さっきから俺が空気みたいな扱いなのが気になってきた。嫌がらせで無視されているのか?
「翡翠が仕留めたのか? 流石じゃな」
「えっ、まあ……せつなに道具作りを手伝ってもらったからね」
そんなことを思った矢先、話しかけられて焦る。ああもう、考え事しながらだと豆腐の味がわからねえ!
「愛矢。菊十文字を退治屋から取り返せって、俺への嫌がらせか?」
「いきなり何を言い出すんだ」
単刀直入に訊いた俺に、つっこみを入れたのはせつなだ。
「まったくじゃ。我はせつなの様子が知りたかったのと、あとはあの尻軽の海賊を困らせてやろうと思っただけじゃ」
「尻軽の海賊って、理玖のことか?」
「そうじゃ~! 聴いてたも~」
それから二人で理玖の悪口を言い合い始めた。もしかして、俺が自惚れてただけか? まだ愛矢に好かれてるって。
「しかしせつなも伊予に居るとは思わなんだ。これからは時々遊びに来てくれるであろう?」
「ああ。勿論だ」
その時、何人かの足音が聞こえた。外から声がかかる。この城の殿様だ。頭を下げて待つ。
「良い良い、続けてくれ。愛矢よ。件の妖怪を退治してくれたのはこの者達か?」
「半分は帰ってしもうたぞ」
俺は顔を上げる。殿様の姿を見て、納得した。歳は愛矢の倍は重ねていそうだが、逞しい体付きの、整った顔の殿様だった。思えば俺を好きになったのだって些細な理由だったもんな。
「この者らは武蔵に居った時に親しくしておったのじゃ」
「そうかそうか」
「随分仲が良さそうだな」
「ああ」
流石にせつなも驚いたらしい。俺に耳打ちしたが、殿様には聞こえてしまったようだ。
「おぬしらの言う通り、愛矢はなかなか伊予に来ることに『うむ』と言わんでな。儂がわざわざ武蔵へ赴いたのよ」
「殿! その話は!」
「良いではないか。旧知なら愛矢の性分も知っておろう。それで、扇谷柊の屋敷に着いたは良いが、何処にもおらんでな。向こうの者達と近くを探してみれば、山の中で草履の緒が切れて座り込んでいる女子が居って」
「それが愛矢姫だったと……」
「村娘にしては妙に肌艶が良いと思ったら、その通りよ。その時野犬の姿が見えたので、成敗してから屋敷に連れ帰ったら急に乗り気になってな」
その話を聞いて、せつなが微笑む。
「愛矢らしいな」
「殿は立派なお方じゃ。我は殿があの妖怪に食われるのではないかと心配で心配で」
女はすぐ昔の男を忘れるって、本当なんだな。ちょっと寂しい気もするけど、これで自分の気持ちに集中できるようになるんだから、まあ良いか。
「翡翠、今少し寂しいと思っただろう?」
「何で解ったんだよ!?」
「私もとわが理玖に取られた時は寂しかったからな」
「一緒にするなよ~」
「何の話じゃ?」
「何でもない」
殿様は仕事があるのか、部屋を出て行く。再び豆腐を食べていたら、そうじゃ、と愛矢が顔を上げた。
「翡翠もたまには顔を出しに来るのじゃぞ。良い仕事があれば任せるからな」
「わかったよ。でも、請けるかどうかは理玖さんに話を通してからだぞ」
ああ、でも、本当に。もう二度と友達にも戻れないのかと思っていたけれど、引きずらない性格の姫様で、良かった。
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