宇宙混沌
Eyecatch

第6章:ましな方の地獄


 理玖が殺生丸様のお屋敷に到着して数日が経った。今日も今日とて殺生丸様はくろ様を抱いて、日課の散歩へと向かわれる。
「りんも行く!」
「今日は邪見と」
 し、指名された~~~。わしは喜んで立ち上がり、くろ様を受け取る。
「理玖もついて来い」
「へ?」
 理玖には、貴重な男手として普段できないあれやこれやをやらせていた。理玖はその手を止め、整った眉の間に皴を寄せる。
「おいらですかい?」
「殺生丸様直々のご指名だぞ! 文句言わずについて来い!」
「いや、別に文句はねえけど……」
 屋敷を出る。殺生丸様はいつも通り、時代樹へと向かった。
「実を言うとただの散歩ではないのだ。この辺りの土地を譲り受ける代わりに、時代樹と井戸の見回りを村の者から頼まれていてな」
「なるほど」
「殺生丸様が自ら赴かれる必要は勿論ないのだが、まあ、屋敷に引き籠ってるのもな。……西国の見回りに比べたらめちゃくちゃ楽だし」
「邪見」
「はいっ」
 危なかった~。くろ様を抱いてなかったら踏み潰されるところだった。
 時代樹の周りで暫くくろ様を走らせ、その後は井戸へ。
「殺生丸様に一つお聞きしたい事があるんですが」
 道中、理玖が切り出す。
「なんだ」
「この辺に良い狩場はありやせんか? そろそろ腹が減ってきたもんで。果物でも良いんですが、そうそう成ってないでしょう?」
「山の向こう側だ」
「ありがとうございやす。おいら今日は帰らないって、とわ様にお伝えください」
「理玖! そういう些事は殺生丸様ではなくこの邪見に聞け!」
「へぇ? 義理の父上と親睦を深める会話をするなと」
「そ、そういう、意味では……」
 殺生丸様的にはどっちなの!? 慌ててそのお顔を見上げるも、相変わらずびた一文、感情が表に出てなくてわからん!
「中を見ろ」
 井戸に到着すると、殺生丸様は理玖にそう指示する。
「下までは見えやせんが」
「妖気や、誰かが居る気配がしなければ問題無い」
 わしが説明している時、殺生丸様が突如動いた。
「誰か居りやすかー?」
 井戸の底に向かって叫んでいる理玖の肩に、手を置く。
「?」
 理玖は顔だけ振り向く。そして、殺生丸様が伸ばしていた人差し指の爪先が、理玖の頬に刺さった。
「あーそれこの前とわにやられてたやつ」
 わしが呟いた声は、理玖には聞こえなかったようだ。井戸の中に落ちそうになった理玖を、殺生丸様はそのまま後ろに引き倒す。
「毒ですか?」
「…………」
「大丈夫なんです? 毒には弱いって言ってたのに……」
「加減した」
 ほんまかいな。加減しても殺生丸様の毒は強力だからかなりまずいと思うが。
「麒麟丸よ」
 暫くして殺生丸様が問いかける。
「んん……せっしょ丸か……なんだこれは、しびれ……」
「ほらやっぱりやりすぎじゃないですか!!」
「…………」
「おい麒麟丸! 喋れる程度に快復したら教えろ!」
「……いや、慣れてきた。何故毒を盛った?」
「話がしたい」
「理玖が寝るのを待てんのか」
「待ってみたが、こやつは本当に眠らない」
「確かに、昔から三日置きに二刻[ふたとき]でも眠れば良い方だな。だからと言って理玖を死なせばとわが悲しむぞ」
「加減はした」
「出来てないですよね?」
「邪見。暫く黙っていろ」
「はっ、はい……」
 危なかった~。くろ様を抱いてなかったら以下略。
「やはり体の感覚は全てあるか」
「貴様の心配事など想像に易い。儂が理玖の体を操って暴れるとでも思っているのだろう」
「元よりそのつもりなら私に頼まぬ」
 麒麟丸は笑った。
「そうだな。何はともあれ、りおんの糸を切ってくれて助かった。夜な夜な聞こえるとわの寝息に『女は殿方と褥を共にしてはいけないのではなかったのですか?』と意味深な顔で説明を求められて、もの凄く困っていた……」
 切実すぎてどう反応したら良いのかわからんぞこれ。
「これでりおんは冥道の向こうへ行けた」
「おお、それは良かった」
 あ、思わず口挟んじゃった。しかし殺生丸様は邪見のことなど眼中に無さそう。
「それより貴様、体の感覚があるということは、寝ている時にとわに触れていることもあるな?」
 あー! そっちかー!!
「何故それを先に言わぬ? やはり隙あらば何か企てるつもりだったか?」
 麒麟丸は溜息を[]く。
「言えばそうやって、貴様が刀を抜くと解っていたからだ」
「殺生丸様、駄目! 爆砕牙はダメ!! 理玖が死んじゃう!!!」
 くろ様を落とさないようにしつつ必死で殺生丸様にしがみつき、なんとか抑えてもらう。
「理玖は良くて儂は駄目なのか」
「駄目に決まっとるやろがい!」
「冗談だ。いや、こちらも本当に困っているのだ。触れていても勝手に理玖の体を動かす訳にもいかぬし、儂が色んな意味で変な気を起こさぬ内になんとか切ってくれ」
「せつなが切れぬのだ」
「せつなが?」
「暫し待て」
「……わかった」
 麒麟丸はそれきり黙る。殺生丸様も何も仰らない。話は終わりか?
「おーい、理玖よ」
 人頭杖で突いたが、また呼吸を乱しただけ。理玖の意識も麒麟丸の意識も無い状態か。
「……殺生丸様、これ、本当にまずいのでは?」
 理玖の頬は、毒が回ってすっかり変色している。呼吸も浅い。つまり、死にかけ。
「薬を取ってくるか……殺生丸様の毒に効くやつあんま無いけど」
「アン!」
「ああっ」
 踵を返そうとした時、くろ様がわしの腕から飛び出した。
「これ、くろ様!」
 くろ様は一目散に理玖めがけて飛び込み、その頬から流れる血を舐めた。
「いけません! って……」
 再びくろ様を抱き上げて驚く。理玖の頬の毒が消えていた。
「行くぞ邪見」
 言うと殺生丸様は飛び上がる。
「え、ええ?」
 わしはくろ様をしっかり抱き抱えると、慌ててもこもこを掴んだ。

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目次

  1. 実家に帰らせていただきます
  2. 父親
  3. Never come true
  4. 貴方だけのお姫様
  5. 言い訳できない
  6. ましな方の地獄
  7. 一角の甪端
  8. 溺れていたのは
  9. 一緒に帰ろう

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