その縁は泡沫
縁があればまた、なんて言い残して理玖は消えた。
けど、予想に反して、私達はその直後にまた再会してしまった。
「銀色真珠返して!」
屍屋の近くで匂いを察知し、うろついていた理玖を見つける。
「とわ様がくれたんじゃないですか。欲しけりゃ力尽くで取り返してください」
やってやろうじゃん。懐に入っているのは判っている。
「はああ!」
が、理玖の速度も伊達ではない。瞬間移動を使わずともひらりひらりと躱され、いつの間にかこの前会った場所まで来ていた。
「うわっ」
薙ぎ倒された木の枝の一つに躓く。顔から地面に倒れそうになったが、すんでのところで腕を掴まれた。
「隙あり!」
そのまま理玖を押し倒すように捕まえる。
「そういう作戦だったんですかい? とわ様も人が悪い」
「戦国時代で生き抜く為には、このくらいの策は必要ってね」
まあ偶然なんだけど。理玖の懐に手を伸ばした。真珠が入っていると思われる袋に指が触れるも、理玖は制止しない。
「……貰っちゃうよ?」
理玖は空を仰いだまま黙っていたが、やがて私の腕を掴み、懐から抜く。
「男の服の中に手を入れるたあ、とわ様も随分と破廉恥で」
「っ! 違、だってそこにあるから……」
「冗談ですよ。でも」
そのままひっくり返り、地面に拘束される。理玖の前髪が私の額を掠った。
「人の愛のやりとりを真似たら、理解できるんじゃないかと思っただけです」
……これは、そういうアレか。私は今、押し倒されていて、理玖は私の四肢を固定して動こうとしない。
そういうつもりじゃない。恐怖が顔に出てしまったのだろう。理玖は切なく笑うと、私を解放した。
「安心してください。襲おうったって、おいらにゃ付いてないんで」
「えっ」
「言ったでしょう、紛い物だって」
理玖は倒れた木の幹に座る。私も起き上がった。
「じゃあずっと一人なの?」
「そういうわけでは。アネさんが居やすし……死んじまいやしたが、面倒見てた子供も居やした」
「……ごめん、悪い事聞いちゃった」
「そうですかい?」
なんとなく、察してしまう。理玖にはもう「アネさん」しか残っていないんだ。だからあんなに必死で真珠を。
「やっぱり今日は真珠は良いや」
「行っちまうんで?」
「あんまり一人で居たら、またせつなに叱られちゃう」
立ち上がろうとすると、理玖が寄ってきて手を差し伸べてくれた。礼を言おうとして、ふわりと抱き締められる。
「それでは」
それはほんの一瞬で、理玖はそれだけ言い残すと消えた。
「麒麟丸の匂いがする」
せつなは眉間に皺を寄せた。
「理玖に会ったから、真珠返してって言ってただけだよ」
「ふむ。取り戻せたのか?」
「いやそれが……」
せつなは溜息を吐く。
「とわ、奴は少なくとも味方ではないのだぞ」
「解ってるよ。でも……」
身を挺して私を庇ってくれた。それは事実だ。そういえば、怪我の具合、訊けなかったな……。
黙りこくった私を見て、せつなが二度目の溜息を吐く。
「誑かす相手は選べ」
「誑かしてなんかないよ!」
「そうか?」
含み笑いをするせつなの肩をぽかぽかと叩く。
きっとまた会えるよね。緑の目の彼は何処か儚くて、私は縁とやらを信じることができなかった。
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