宇宙混沌
Eyecatch

第3章:すれ違い [3/4]

「翡翠!!」
 あれはせつなが里に帰ってきて、二月程経った頃だった。
「我を嫁にしてたも!!」
「はあ!?」
 いつもの駕籠[かご]に乗って、愛矢が里まで逃げてきた。付き合わされている下男達を労ってから、愛矢の話を聞く。
「とうとう嫁がされるのじゃ!」
「おお、おめでとう」
「何がめでたいものか! 伊予とかいう田舎の武家の、それも側室としてじゃぞ!?」
「武蔵も十分田舎だと思うけど……」
「とにかく嫌じゃ~! 我は翡翠の嫁になりたいんじゃ!!」
 それからはまず、まともに話ができる状態になるまで宥めるのが大変で。
 やっと泣き喚くのをやめた時、愛矢は覚悟を決めた顔で言った。
「解った。多くは望まぬ。今宵一晩だけ、我に夢を見せてはもらえぬか」
 唇を噛んだ泣き顔も美人だった。お転婆すぎるところもあるが、何処に嫁いだって殿様は大事にしてくれるだろう。
「それで万が一にでも身籠ってみろ。俺だけじゃなく、此処までお前を連れてきた下男も、退治屋の仲間も、皆打首だ」
 愛矢は俯き、深く深く溜息を吐いた。
「そうだな。初めから解っておった。己が運命[さだめ]を見ずに済む時間が、長ければ長い方が良いと願っていただけじゃ」
「……来世では、姫様なんかに生まれなければ良いな」
「勿論じゃ。或いは、女にも男と同じだけ、何かをすることが許される世になっておればな」
 愛矢は顔を上げた。
「翡翠、我はお前のことを好いておった。お前は違った様だがな」
「悪いね」
「せつなの何処を好いておるのじゃ?」
「えっ」
 俺は答えられなかった。真面目に考え始めると、どれも陳腐で、決め手に欠けた。事実として「ただ一番近くに居た女だから」というのはあるが、そんな理由、愛矢が納得する筈がない。
「それすら答えられないような相手に、我は負けるのじゃな」
「愛矢……」
「我はせつなの凛々しいところが好きじゃ。我の為にいつも土産話を用意して来てくれる所もな」
 愛矢はまたぼろぼろと真珠の様な涙を零す。
「お前の話も沢山してくれた。楽しそうに、嬉しそうに! ……だから我は思ったのだ。せつなが幸せになるなら、我は身を引こうとな」
 愛矢は目元を拭って顔を上げる。
「なのにお前は、せつなを愛し抜く覚悟の欠片も無い」
 流石は武家の姫だと思った。その言葉は槍のように的確に、俺の心の臓を貫く。
「……もう会うことはなかろう。せつなともな」
 愛矢が帰ってから、俺は激しく後悔した。嘘でも何でも良いから、愛矢には「せつなを深く愛していること」を示してやらねばならなかった。そうすれば彼女もきっぱり諦めがついただろうに。
 なのに、何故。勿論せつなのことは好きだ。だけど、そこから先、これから先、どうなりたいのだろうか。俺はせつなの何を手に入れれば満足なんだ? 今のまま、退治屋の仲間として過ごせれば良いのであれば、愛矢と駆け落ちしてやっても良かったのではないか。
 俺には越えられない壁がある。叔父上のように独り身を貫きたい理由があるわけじゃないが、どうしても駄目なんだ。女を抱く気になれないんだ。
 父上が風穴に呑まれる事に怯えて生きてきたのは知っている。だから生きた証として子供を欲しがったのも知っている。
 だけどそれで無関係な[おなご]を口説いたり触ったりするのは、あまりにも自分勝手だと思う。俺自身、そうした欲から生まれてきたわけだけれど、母上だって尻を勝手に触られるのは嫌だって言ってるし、父上が他の女を口説くのも憎たらしくて仕方なかったって。
 けれど、相手の気持ちを汲み取れない点では、俺も父上と何も違わないのかもしれない。愛矢が望むようなはっきりとした態度を取れなかったのもそうだし、全く振り向いてもらえないのにせつなの側に居続けるのもだ。
 欲のままに生きて、何でも欲しい物が手に入るのだろうか。父上は手に入れたのか? 腹を割って話せてはいない。
 俺は寧ろ、そうしたら色んなものを失くしてしまう気がしていた。

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