宇宙混沌
Eyecatch

第3章:すれ違い [2/4]

「翡翠様」
 俺は呼ばれて顔を上げた。隣には、口元にほくろのある少年が立っている。
「翡翠で良いよ。どうかしたのか?」
「少しで良いので稽古を付けていただきたいんだぞ。護身術は一通り習ったけど、この体での動きが不安で」
「勿論良いよ。武器は?」
 竹千代は懐から短刀を取り出す。
「よし。近寄った相手に止められずに、抜いて突き刺す練習をしようか」
 甲板で取っ組み合う。戦い慣れていないとは言っていたが、流石に妖怪だな。こちらの次の動きを察知するのは速い。
「竹千代は、俺の父上が屍屋に預けたんだって?」
「そうですだぞ」
「俺んちで引き取る手もあったと思うんだけどなあ」
 そうしたら俺は末っ子じゃなくなった。また違った人生があったんじゃないか。もしかすると、退治屋にはならなかったかも。
「迷惑がかかります。それに弥勒様が屋敷に来たことは、皆に知られていたので」
「そっか。追手を差し向けるならまずうちに来るよなあ」
 とはいえ、何も屍屋に預けなくても。賞金稼ぎは退治屋の競合、それも倫理的な方針の食い違う職業だ。いや、だからこそ隠れ蓑になっていたのか。
「うわっ、何やってんの!?」
 竹千代が素早く俺の動きを躱し、俺の胸に刀を向けた時だった。とわが船の入り口から叫ぶ。
「練習だよ、練習」
「ありがとうございましたなんだぞ」
 竹千代は深々と頭を下げ、船の中に戻る。
「で、とわは何の用?」
「あ、えっと、明日の仕事の話……」
「寒いから中でしようぜ」
 とわと共に会議の間へ。机の下にもろはが隠れているな。さて、一体何を訊かれるのやら。
「明日の仕事が色仕掛けだって知ってた?」
「ああ、俺もやってくれって、今朝理玖さんから頼まれた」
「やっぱり! 翡翠は嫌じゃないわけ?」
「気は乗らないけど、仕事ならやるしかないだろ。それに、俺の前に理玖さんと竹千代がやるから、二人のどちらかが討伐すれば俺には回ってこないし」
「……と思って練習してないの?」
 やれやれ。一体何の心配をしてるんだか、このお嬢さん達は。
「俺に練習が必要だと思うのか?」
 とわの手を取り、顔を近付ける。とわは真っ赤になり、机の下のもろはは椅子にぶつかって音を立てた。まったく、初心なのはどっちだ。
「出てこいよ、もろは」
「あちゃ、バレてた」
「俺に色仕掛けなんて無理だって思ったんだろ?」
「失礼ながら。結構なお手前でした」
「能ある鷹は爪を隠すってやつか~」
 這い出てきたもろはが、今度は真正面から訊いてくる。
「で、これまでに何人落としたんだ?」
「まだ誰も」
 最初に落としたい城が難攻不落でね。
「そういえば愛矢姫は? お嫁に行っちゃったって聞いたから、落とせてはないんだろうけど、あの姫様がそう簡単に翡翠のこと諦めるなんて……」
 意外にも例の誘拐事件から、せつなと愛矢は交流を深めていた。というより、俺を狙う愛矢がせつなに協力を求め、せつなもそれに乗じていた。文を届ける為にせつなが里と城とを往復するのも、二人にとっては良い気晴らしになっていたらしい。その事はとわもろはも知っている。
「あのなあ。愛矢姫については俺が落とされる側」
「そうだった」
「でも本当に、どうやってあいつを振り切ったんだ?」
 愛矢との件は、せつなにも詳細を語っていない。
「……きちんとお断りした。愛矢がそれで諦めた」
「それだけ?」
「それだけ」
 これ以上訊くな。言外の圧力を察したのか、二人は俺を解放する。
「……俺も驚いたよ」
 自分がこんなにも自分の事をよく解っていないなんて。

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