「翡翠って……やっぱりまだ童貞なのか?」
「私に訊かれても。だが、父親があの弥勒法師なら、そうなっても已むを得まい」
「弥勒さんがどうかしたの?」
「とわは知らねえのか?」
首を傾げる姉に説明してやる。
「弥勒法師は、若い頃は女好きの生臭坊主として有名でな」
「旅の途中で寄った村々で必ず女を作ってたとか、隠し子が千人居るとかいう噂もあったよな」
「ああ。口癖として二言目には『私の子を産んでくだされ』と言っていたのは、翡翠が母親から聞いたらしいから本当だろうな」
とわは間の抜けた感嘆を漏らして呟く。
「反面教師ってやつか……」
「翡翠は逆に、女からたまに言い寄られているし、その内の何人かに手を出していてもおかしくはないと思うが」
「せつな~。なんでそんな冷静で居られるの? 翡翠のこと心配じゃないの?」
「私からしてみればお前達の方が理解不能だ。一人の男が何人も娶るのは珍しいことじゃないだろう」
「そっか、戦国時代ってそうだった……」
「なるほどな。翡翠が愛矢のとこの婿養子になって、殿様になってから側室として迎え入れてもらう方が、せつなにとってもお得だったってことか」
「まあな」
「しっ、強か……」
「というのは冗談だ。ただあいつが父親のした事を嫌悪している限り、抱かれる相手も気分が良くないだろう」
さて、仕事だ。踵を返した私の後ろで、二人は話を続けている。
「せつな、もしかして鈍感なんじゃなく、全部解った上で様子を見てる……?」
「怖や怖や~。その気になればどんな男でも手に入る美貌があるから出来ることだぜ~」
何とでも言え。
正直なところ、私もまだ翡翠と共寝をしたいとか、そういう欲は湧いてこないのだ。いや、翡翠だけじゃない。他のどんな男にも、そんな事を思ったことは無い。
だから、弥勒法師くらいの強引さで押し倒してくれれば、考えなくはないのだが。