宇宙混沌
Eyecatch

第1章:THE DOSSSS with Tramonto Familia


「おいジム」
 襲撃犯達をお縄にし、憲兵団に引き渡した後、ベンジャミンは義兄を見つけて摘まみ上げた。
「殺害予告の事なんで黙ってた」
「く、苦しい、まずは下ろして」
 ベンジャミンは手を離す。締まった襟元を正し、ジェームズは毅然と答えた。
「君に余計な心配を掛けたくなったんだ。だって今日は、特に大事なライヴだろう?」
 そう言って広場の奥を指し示す。
「ベンジャミン……」
 父親に呼びかけられたが、ベンジャミンはどう返して良いのか解らない風だった。夫婦の方から近寄る。その間に、ベンジャミンは剣をギターの中に仕舞った。
「立派になったな」
「貴方、とても綺麗な声をしていたのね……」
 アオイドスは黙ったままだ。
「……呼んでやれよ」
 ジェームズがアオイドスの脚を軽く叩く。アオイドスは唾を飲み込んで、綺麗な顔をくしゃくしゃにした。
「父さん……母さん……」

 フェリはその様子を眺めていたが、舞台の後片付けがある事を思い出し、その場を離れる。
 舞台の上では、ラカム達が楽器や機材の様子を見ていた。
「こりゃあ、ドラムは買い替えだな」
 バレンティンが咄嗟に飛び越えた所為で、穴が開いたり凹んだりと酷い有様だった。
「ま、アオイドスの命には代えられねえから、しょうがねえな。って、泣く事ないだろバレンティン」
「ドラムの所為ではない」
「肩の傷、回復魔法で治してあげたら泣いちゃって……痛いままの方が良かったって……」
 ジータが申し訳なさそうな顔をする。それ、ジータは悪くないのでは。
「ごめんねバレンティン。後で思いっきり踏んづけてあげるからね」
「本当か!?」
「おいジータ、変な約束すんじゃねえ! バレンティンも目をキラキラさせるな!!」
 頭を抱えるラカムに、ジータは冗談、と笑う。
「私、これを渡しに行かなきゃいけないから、あとよろしくね」
 ジータはバレンティンの相手をラカムに任せると、フェリがやってきた方向、アオイドス達の元へ向かう。大事そうに握っていたのは、食堂で弄んでいた宝石だ。
「あれは何だ?」
 フェリが訪ねると、ビィが宝石魔術だと教えてくれた。
「音を閉じ込めてるんだぜ。これで親御さん達も、いつでもアオイドスの歌が聴けるな」
「肝心のサビは入りませんでしたよ」
 苦々しげに口にしたのはジャスティンだ。床に落ちていたアオイドスの帽子を拾う。
「作り出すしかない。その背を押すだけ……ですか」
 唇を噛んだその姿に、ドランクが意味深な笑顔を向ける。
「なるほどね。アオイドス君を刺したのは君か」
「あの人は解らないんですよ。皆が皆、何かを生み出せる能力を持っている訳じゃないという事を」
 まるで縋る様に、ジャスティンは帽子を握り締める。
「カリスマ性って言うの? 凄いよねえ、彼」
「どの口が」
 ジャスティンの害意がドランクに向く。ドランクは鼻で笑っただけだった。
「そういや、結局お前達は、ジェームズに用心棒として雇われてたって事か?」
 ラカムがスツルムとドランクに問う。
「まぁね~。シェロさん経由でね、できれば音楽の教養のある人をって話が来て」
「お前達には黙っていろと言われた。どうしてもアオイドスには悟られたくなかったらしい」
「ま、流石にジャスティン君とバレンティンには協力してもらったけど」
「結果的に正しい判断だった。複数犯だとしても、ここまで多いとは思っていなかったからな」
 なるほど、と思うと同時に、フェリはある事を思い出す。この前伝えそびれてしまった事を今伝えなければ、また次いつ会えるか知れない。
「……なあ、ドランク」
 キーボードを抱え上げた彼に囁く。
「お前の両親も……お前に会いたがっているそうだぞ」
 ドランクは長く息を吐き、ぼりぼりと頭を掻く。
「うちはうち、よそはよそ」
「はぁ?」
「アオイドス君が上手くいったからって、僕もそうなるとは限らないよ」
「なんだそれ、意気地なし」
「ひっど~い。フェリちゃんって本当に口が悪いよね~」
 言われて、今度は黙って睨み付ける。ドランクはこう漏らした。
「アオイドス君と僕とじゃ、落ちぶれ具合が違うからね。僕の悪行を知ったら、お母様ショック死しちゃうよ。どの面下げて行けっていうの」
「誰にだって間違いはあるだろ? 悔い改めれば……」
「そういう事が出来るような人間ならね、こんな所に居ないんだよ。最初から」
 ふふっ、と誰かが笑った。
「ええ。自分が納得できる声で歌えるのであれば、追いかけたりなんてしないんですよ」
 振り返ると、舞台の縁に立って、ジャスティンがアオイドス一家の姿を眺めていた。
「自分に無い物を見せ付けられて、どんなに惨めでも、離れられないんです。此処が僕にとって、得られる中では最高の環境ですから」
「……よく解らないな」
 よく解らない。もっと何とかしよう、自分の殻を破ろう、という意思は無いのだろうか。
 それともそんなもの、とうに砕けてしまったのだろうか。解らない。自分は百年この姿で過ごしてきて、それでもずっと妹に会おうと……。
 そこで思い出す。妹はもう死んでいたのだ。何処にも居ない。幽霊としてこの世に留まっていてもくれなかった。
 今更、怪しげな呪術などを使ってでも妹を甦らせよう、とは思っていない。彼等の気持ちは、もしかするとそれに近いのだろうか。
「何見てるんですか」
 振り返ったジャスティンが凄む。慌てて目を逸らし、キーボード台を持ってドランクの後を追おうとしたところ、ドランクは既に居らず、台も誰かが運んで行った後だった。
「あまり口煩くしないでやってほしい」
 そう言ったのはスツルムだった。壊れたドラムのいくつかを抱えている。
「ドランクはああ見えて繊細だからな」
 その口調は彼の全てを理解し、受け入れている様だった。また解らないな。どうやったらそんな風に寛容になれるのだろう。
 結局、妹が遺した家族が、仲良く幸せに暮らしていてほしい、というただの我儘なのだ。ドランクは妹の血を引いていはいても、妹ではない。そもそも、妹だからといって、その人生に介入する権利など、フェリも、いや、他の誰も持ち合わせていない。
 人は生来、他人に呪いをかけずにはいられないのだと思う。だからこそ押し付けないように気を付けないといけないのだ。自分の言葉はドランクには影響が大き過ぎる事も、今となっては想像がつく。
「……生きるって難しいんだな」
 フェリはそう独り言ちると、舞台上に残された機材の一つを取り、階段を降りた。

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