宇宙混沌
Eyecatch

第1章:THE DOSSSS with Tramonto Familia


 あっという間にその日が来てしまった。なんとかミスせず最後まで弾けるようにはなったものの、場数の少ないフェリは緊張を抑えられない。
「僕がフォローするから、ね?」
 ステージ裏で、ドランクがそう宥めてくれた。あの時の衣装は何処かにちゃんと保管していたらしく、大きなもこもこを背負っている。
「準備は良いか?」
 アオイドスがメンバーの顔を一人一人確認した。最後に、我等が団長の顔を見る。ジータは笑顔で頷いた。
「では……行こう!」

 広場を埋め尽くす人、人、人。一体何処から出て来たのだろう。身分も年齢もバラバラな人達が、ただ一点、この舞台上を見つめていた。
「今回は初めまして、の人が多いだろうな」
 アオイドスの挨拶もいつもと趣向が違う。わざわざ遠方から駆け付けた追っかけも少なからず居るようだが、確かに、大半はこの島の住人だろうな、とフェリは少し冷静になって観客を見回す。少しでも良い位置で観たいのか、人々を押し分けて移動する客が見えた。
「――ゲストとして、トラモント・ファミリアの二人を――」
 紹介されると、観衆の視線が一斉に自分を向く。にこにこと手を振るドランクとは対照的に、フェリはまた緊張して縮こまった。
「――俺と世界を滅ぼさないか。『Bloody Garden』!」
 アオイドスが口上を終え、最初の曲名を叫ぶ。彼にとって特別な意味を持つライヴが、幕を開けた。

「き、緊張した……」
 フェリはステージ裏に引っ込むなり、その場にへたり込んだ。無事に新曲を含めた三曲を演奏し終わったのだ。
「お疲れ。ほれ、俺達も最後の曲を聴きに行こうぜ」
 ラカムがその腕を掴んで立ち上がらせる。舞台裏でずっと真剣な顔で座っているジータに手を振り、フェリとラカム、ビィは観客席の方へ。アンコールを求める歓声が響いていた。
「Thank you!」
 アオイドスの一声に、期待の沈黙。しかし仲間の目には、明らかに彼が緊張していると判った。
「……アンコールを求めてくれてありがとう。だが、今日歌う予定だったのはこれだけじゃない」
 フェリの目の前を、男が横切って行く。まったく、マナーが悪いな。
「『アオイドス』やDOSSのメンバーとしての俺しか知らない者、或いは今日初めて聴きに来てくれた者には、耳を塞ぎたくなる音楽かもしれない」
 アオイドスはいつになく真面目な声色で、集まった人々の中のある一点を見つめていた。そこに誰が居るのか、フェリの背では全く見えないが、確認せずとも自明だ。
「それでも聴いてほしい歌なんだ。それが紛れもなく……かつての俺自身と言っても過言ではないからだ。最後の曲は……『グラッジ・オブ・ザ・スケープドッグ』!」
 ピアノアレンジの入ったその曲が奏でられ始める。しかし、前奏が終わろうとしても、アオイドスの演奏はどこか上滑りしていて、とても歌い出せそうにない。
 ドランクが機転を利かせてアドリブを入れ、前奏をリピートさせた。他の三人も追随して再度同じフレーズを繰り返す。それでも駄目だった。意を決した様に、ジャスティンが大きく息を吸う。
「♪野良犬を追い詰めろ 石を投げ棒で打て」
 ああ、この為だったのか、とフェリは納得する。あの自信家のアオイドスが緊張で歌えなくなるかもしれないなんて、短い付き合いの自分には予想もしていなかった。
 それを聴いて、アオイドス、いや、ベンジャミンも二フレーズ目から歌い出す。ジャスティンは一瞬ほっとしたような表情を見せ、コーラスに下がった。
「Graaaahhhhh!」
 それはサビに入る前の、ベンジャミンの雄叫びと同時だった。何か光る物が観客席から舞台上に飛び上がる。
 演奏はそこで途絶えた。まず、ドランクが素早く宝珠を取り出して投げ、ステージと観客との間にバリアを張った。しかし質量のあるそれは障壁を破り、真っ直ぐにベンジャミンの首へと向かっていく。
 キイィン、と倒れたマイクが嫌な音を出した。ドラムを飛び越えてきたバレンティンが、マイクスタンドごとベンジャミンを突き飛ばしたのだ。バレンティンの肩から血が噴き出し、ベンジャミンの帽子が脱げた。飛んできた何かは減速し、ステージの後方の床に転がり落ちる。
 そこで漸く、観客達は何が起こったのかを理解した。パニックになって逃げ出そうとする群衆に潰されかけたフェリは、ラカムによって助け出される。
「一体何だってんだ?」
「刃物が投げ込まれたみてぇだ。アオイドスを狙ったのか?」
「ああ。殺害予告が来ていた」
 ビィの問いには、何処から現れたのか、臨戦態勢のスツルムが答える。フェリは、あの時ドランクが何と言ったのか、それで補完する事が出来た。
『ベンジャミンに殺害予告が来ている。僕ならステージから人が減ったタイミングを狙う』
 そのドランクが舞台上から呼びかける声も空しく、人々は完全に冷静さを失って広場の外に向かって押し寄せている。
「犯人はあたし達で何とかする。お前達は客を誘導しろ」
「ああ」
「任せろ!」
 ラカム達について誘導に向かおうとしたフェリの耳に、ジェームズの悲鳴が聞こえる。フェリは咄嗟に、そちらに向かった。
「お前、『アオイドス』のマネージャーだな!」
 逃げ惑う人々に逆行して進むと、ジェームズと、見知らぬ中年の男女が複数の人間に囲まれて怯えていた。皆マスクで顔を隠し、手には武器を持っている。
「行け、モモ!」
 鞭は置いてきてしまった。モモをけしかけると、存外あっさりと犯人達は逃げる……と思いきや、ベンジャミンを狙った主犯の所に加勢しに行ったようだ。
「ありがとうございます、フェリさん」
「ジェームズは二人を連れて逃げろ」
「いえ、そうはいきません」
 答えたのは、ジェームズではなくその後ろに立っていた男性だった。
「息子の危機に、みすみす尻尾を巻いて逃げるなど」
「……そうか」
 フェリは少しだけ頬を緩め、そして目付きを厳しくする。
「だが、相手は武器を持った複数犯だ。今日は私も鞭が無い。頼むから、私やモモ達よりも前には出ないでくれ」
 舞台の方を見遣る。舞台に上ろうとする犯人達と、ベンジャミンを守って立ち回る傭兵達、そして駆け付けた団員達。群衆の統制に人手が取られているのか、犯人全員を相手するには少々不利な状況だ。
「……上等だ」
 まだスイッチの入ったマイクが、ベンジャミンの呟きを拾う。ベンジャミンはギターから剣を取り出すと、前に立っていたバレンティン達を押し退け、自ら相手に剣を振るった。
「ああっ」
 思わず悲鳴を上げたのは、ベンジャミンの母親だ。しかし、ベンジャミンは相手の手を少し切り付けて、武器を落としただけである。
「首を落とさないんですか」
 隠し持っていた短剣で戦いながら、ジャスティンが尋ねた声も良く響いた。
「俺はそういうのは止めたんだよ」
 その返答に、ジャスティンがカッと目を見開く。目の前の敵の胸倉を掴み、喉を掻っ捌こうとした。
「やめろジャスティン」
 振り上げた手を掴んだのはベンジャミンだ。彼は襲撃犯を殴って気絶させると、諭すように言う。
「こいつらの裁きは憲兵団に任せれば良い」
「でもっ……これが貴方の最高のステージじゃなかったんですか!?」
「そうだそうだ!」
「DOSSSSになってから、曲調も演出もめっきり変わって」
「黒GIGをしない残虐三兄弟なんて、俺達はこれから何を楽しみにすれば良いんだよ!」
 ジャスティンの声に呼応したのは、倒されて舞台の床や地面に横たわる、襲撃犯達だった。
「なるほどねぇ~。可愛さ余って憎さ百倍ってヤツ?」
 ドランクが茶化す。どうやら、犯人達は、残虐三兄弟の過激なファンらしい。
「『何を楽しみにすれば良い』?」
 抑揚の無い声でベンジャミンが繰り返す。続いて、カッカッカ、と可笑しそうに笑った。
「そうだ。俺も長い間解らなかったものさ」
 琥珀色の瞳が、襲撃犯達の顔を一人一人射抜いていく。
「それは、自分で探し出すしかない。無ければ作り出すしかない。音楽に出来る事は、その背を押すだけだ」
 そう言った彼の表情は、本当に見惚れてしまう程、美しく輝いていた。

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