「今日はここまでにしよう」
アオイドスがそう告げて、ラカムとビィはいそいそと練習室を出て行く。フェリはドランクと話したい事があったのでその場に残った。
「そういや、最後の曲のピアノアレンジはどうするの? 僕、結構巧いでしょ?」
「ああ。君なら弾けるだろう」
そう言うとアオイドスは楽譜を渡す。
「いつ書いたの? ずっと一緒に練習してたのに」
「休憩時間にさ。この程度なら二十分もあれば十分だ。弾いてみてくれ」
「結構難しい曲だけど……」
ドランクは軽く目を通すと、実際と同じ速度で弾き始める。さっきまで練習していたバラードとは対照的な、攻撃的な響き。途中何回か詰まったが、一通り弾き終えたところでアオイドスが感嘆の声を漏らした。
「初見にしては上出来だ。決して手を抜いて作った訳じゃないんだが」
その様子を苦々しく睨めつけて、ジャスティンが部屋を出て行く。バレンティンがそれを追いかけた。
「余程良い師匠が居たんだな」
「いや」
アオイドスの言葉をドランクが否定する。その表情は、フェリが立っている位置からは見えない。
「ピアノだけは、おばあちゃんに習ったんだ」
「そうか。なんにせよ、相当弾いていなければ、ブランクがあるのにいきなりここまでの演奏は出来ないだろう。期待している」
アオイドスも部屋を去る。練習室に残ったのは、フェリとドランクの二人だけだ。
「ドランク、自主練に付き合ってくれるか? 私は足を引っ張り気味だからな」
「そんな事ないよ。でも、フェリちゃんの頼みなら頑張っちゃうよ~ん」
ドランクはフェリの隣について、一つ一つ苦手なフレーズを潰す手伝いをする。暫くして、フェリが呟いた。
「昔、妹ともこうしてよく連弾した」
「そうなんだ」
「妹の方が上手くてな。いつも難しい方のパートを妹が弾いていた」
ドランクは黙っている。フェリは続けた。
「妹の……墓に行ったんだ」
ドランクは一瞬驚いた顔をして、すぐに神妙な面持ちを取り繕う。
「そう。亡くなっちゃってたんだ」
「花が咲いていたんだ。あの島の花。誰かが植えたみたいだった」
「そりゃあ、お墓ならあり得る話だねえ」
白を切ろうとするドランクに、フェリは状況証拠を突き付けていく。
「島の人間に聞いた。あの子が嫁いだ先の一人息子……あの子にとっては孫にあたる奴が、十年以上前に突如失踪したって」
フェリは自分と同じ色合いの男を見る。
「お前じゃないのか、ドランク」
否定はされなかった。彼はただ目線を下げて、吐き捨てる。
「だったらなんだって言うの?」
ドランクはフェリに背を向け、やや乱暴に扉を潜る。フェリはその反応が意外で、一番伝えたかった事を届け損ねてしまった。
お前の両親が会いたがっている。私達と同じ轍を踏まないでくれ、と。