宇宙混沌
Eyecatch

スツルムの上客 feat. Sturm [4/6]

「気持ち良かったよ。おやすみ」
 何度目かの交渉を終えて、ドランクはそう言うとあたしの頬にキスをした。毎度の事なので、多分店の女にもそうしている癖が出ているのだろう。ドランクを気持ち良くさせるまでがあたしの仕事だから、契約を履行できた、という事を明示してくれているのかもしれない。
 とにかく、あたしはこの交渉に慣れてきていた。何度も体を重ねる度に、徐々に痛みが減って快感を覚えていく。ドランクは相変わらず気前良く支払ってくれるし、朝目覚めたら変わらぬ態度で接してくれる。端的に言えば、楽な仕事だった。
 ドランクはいつも通りあたしと自分の体を簡単に拭いて、そのまま隣で寝入ってしまう。気持ち良くなれているのは嘘ではなさそうだ。
 あたしは自分の下腹部に手を置いた。拭いてくれたが、中に入っていたドランクの精液が垂れてくる感覚がある。ドランクの言う通り、これだけ交渉しても妊娠しないんだな。
 胸がちくり、と痛んだ気がしたが、気にしない様にして布団を被り直す。ドランクの顔を見ると、普段右目を覆っている前髪が鼻や口にまで被っていて、苦しそうに見えた。起こさない様に払ってやる。少しだけ、彼が絶対に見せない顔の右半分が見えてしまい、あたしは慌てて前髪を撫で付けた。
 そんなものを隠しているなんて知らなかった。
 手を引っ込め、ドランクの寝顔を見つめる。灯りを消し忘れているのか、と気付き、今日は自分で吹き消すと、あたしも眠ってしまう事にした。

「ところでスツルム殿、その服もう小さいんじゃない?」
 翌朝、いつもの服に着替えていたあたしにドランクが言った。
「今少し余裕が無いから、あたしの服は後だ」
 そろそろ胸がきつくて苦しいのは百も承知。だが、あたしは先日、家族にお金を送ったばかり。借金はこれで全部返せそうで良かったが、あたしはまた無一文。だからドランクに買ってくれと言ったのだ。
 まだベッドの上でゴロゴロしていたドランクが、また何かを思いついたらしく、急に表情を明るくする。
「貢いであげようか?」
「いい。今回も沢山貰ったし」
 別に服はいつでも買える。けど、あたしの返答にドランクは残念そうに耳を萎めた。こいつの百面相は見ていて面白い時も、無くは無かったのに。
「言い方が気に入らないなら、傭兵の相棒としての僕からのプレゼントって事で」
「そんなに買い物がしたいなら、勝手にしろ」
「よーし、じゃあ今日は仕事も無い事だし、一緒に市場に行こう」
 勢い良くベッドから飛び出して身支度を始める。服を着て、髪を結う。あたしは、ドランクは髪の毛を下ろしている方が似合うと思った。
 市場はそれなりに賑わっていた。背の低いあたしは人混みで何の店があるのか殆ど見えない。
「あったよ、服屋さん」
 ドランクが言って進行方向を変える。あたしはそれについて行く。
「すみませーん。彼女に仕立てて貰えませんか。動きやすいやつ!」
 ドランクは大まかな予算を店主に伝えると、その間に買い物をしておく、と言って出て行った。あたしは予算内で仕立てられる生地を見せてもらい、服の形の要望を伝える。とにかく胸がきつくなりにくいやつ。
 仕立ててもらった服を着て、店の前で待つ事十数分。やっとドランクが戻って来る。あたしを見つけた、一つしかない瞳が見開かれた。
「買い物は済んだのか?」
「え、うん。ていうかその衣装、露出多すぎない?」
「そうか? 普通だと思うけど……」
 確かに、ちょっと胸元と脚を出しすぎたか……? 布の面積を減らせば費用が安くなるかと思って……と、いけない、忘れてた。
「支払ってくれ」
「そうだった」
 本当に貢がれてしまった。まあ、昨日の夜の取引に比べたら些細な額だけど。
 買い物の続きをする。ドランクはいつもと同じく喧しい。
「スツルム殿、それだけだと冬になったら寒いんじゃないかなあ? 茂みとか歩くのに生脚もチクチクしそうだし」
「……似合わないと言いたいならそう言え」
「そんな事思ってないよ! ただもうちょっと布で覆ってくれると良いなぁと……」
「何を今更」
 胸も脚も何もかも、お前は全部見た事あるだろ。
 ドランクが黙った。そして急に右に曲がる。
「ドランク?」
「スツルム殿、良さそうなマントがあるよ。これも買ってあげる」
 彼の指差す先。質の良さそうな白いマントが店先に飾られていた。
「まいど! ああ、このマントなら、彼氏さん用にサイズ違いもありますよ、揃いでどうです?」
 奥から出てきた店主にそう言われ、つい言い返してしまう。
「こいつは恋人じゃない! ただの同僚だ」
 そして、取引相手だ。
 店主とドランクが笑う。
「でも、僕の分もいただくよ」
「ドランク!」
 服も買ってもらったのに、マントまで買ってもらう訳にはいかない。
「僕も欲しかったんだよ。それに、僕のお金の使い道まで口を出すの?」
 取引をする時のドランクの声だった。あたしは驚き、ドランクの言う事も尤もで何も言えなくなってしまう。
 店を出るなりドランクはあたしにマントを被せ、腕を引っ張って狭い路地へと引き込む。街路からは見えない場所まで来た所で、建物の壁に押し付けられた。
「ドランク……」
「おっぱいでして。服着たまま」
 ドランクもマントを羽織り、外から見えない様にズボンを緩める。ドランクの方から交渉を持ちかけてきたのは、これが最初で最後だった。
「服……汚したくない……」
 この服が今回の代価なのだと解っていたが、真新しい服を汚すのは忍びない。
「じゃ、出す前に言うから飲んで」
「ドランク……」
「服代だけじゃできないんなら、幾らならしてくれるの?」
「そういう事じゃなくて……」
「じゃなくて?」
 冷たい声色。見上げると、そこには寂しさを湛えた年若いエルーンの顔があった。
 あたしは、忘れていたんだ。大人ぶってはいるけれども、ドランクだってあたしより数年早く生まれてきただけの、未熟な青年だって事。
 気付いてあげられなかったんだ。行きずりの女を抱くならまだしも、殆ど四六時中一緒に居るあたしに、お金のやり取りだけで恋人紛いの行為を続けられる程、強い人ではないという事も。
 ごめん。そう言おうとした時、先を越される。
「仕事に余計な感情は抱かない方が良いよ」
 言われて泣きそうになった。じゃあどうすれば良いんだ。事実、あたしはそうしてきたせいで、ドランクにこんな顔をさせるまで傷付けたじゃないか。
 問いかける様にドランクの顔を見ても、金色の鋭い視線が見下ろしてくるばかりだった。仕方なく、しゃがんで胸を寄せ、いつもより小さくて柔らかいままのそれを包む。
 いつもなら取引中も良く喋る口から、一言も音が発せられなかった。喋っていないと、寂しいんだろ? あたしは自分から何か話そうとしたものの、普段から話し慣れていないせいで、結局何も出て来なかった。
『目的なら君とのお喋りだよ』
 そう言ったお前は、何処に行ってしまったんだろうな。
「もう良い、ごめんね」
 暫くしてドランクの方から引き抜く。謝られてしまった。気持ち良くさせてあげられなかったのは、あたしなのに。
 ドランクはズボンを履き直し、あたしの顔を見ない様にしてマントのフードを被った。高い位置で括った髪の毛が邪魔になる。
 あたしは背伸びしてその髪を解いた。ドランクの顔に翳が落ちる。やはり、此方の方が似合うと思った。
 そうか、こっちが本当のお前なんだな、ドランク。
 あたしが髪を結っていた紐を渡すと、ドランクは黙って受け取り、雑に服の中に突っ込んだ。街路の方に歩き出す。その背を見つめていると、ドランクが儚く消えてしまいそうに感じた。そうならない様に、あたしが護ってあげなくちゃ。

 あたしは体を売るのをやめた。その代わり、それ以外のどんな汚い仕事でも請け負った。
 ドランクはあの日、買い物を終える頃にはまたいつもの饒舌に戻っていた。その笑顔が騙す相手には、ドランク自身も含まれている。
「喧しい」
 それに気付いてから、益々あたしはドランクの軽口が嫌いになった。
 それでも、出来るだけ行動を共にしようと決めた。ドランクは既に金払いの良い取引相手を何人も持っていたし、帳簿を付けてくれたり魔法で傷を癒してくれたり、色々と便利だからだ。自分自身にさえそう言い聞かせてしまうあたしの性格も、嫌いになった。
 ドランクは髪を結う紐を失くしてしまったのか、あれから長い髪を下ろしている。戦う上では邪魔そうだが、奴が接近戦に持ち込まれない様にあたしが護衛すれば良いだけの事。
「わ~。スツルム殿、今の凄くかっこ良かった!」
 ドランクの死角、右側後方から襲い掛かってきた魔物を、すんでの所で斬り伏せる。
 格好良い。そうだ、ドランクからのあたしの評価はそれで良い。あの日蕩けた目で言われた甘い言葉は忘れよう。
「ところでスツルム殿。悪いんだけど、今日の仕事が終わったらまた史跡を見に行きたいんだよね」
 ドランクは以前と同じ様に、傭兵としてのあたしの事は大切に扱ってくれる。お金にも困らない様にしてくれた。あたしの所持金が十分になると、ドランクはすぐに単独行動を申し出る。
「わかった」
「当分この島に居るから、また困ったら呼んで。北の岩山を越えた所に昔……」
 魔物と戦いながら、楽しそうに見に行く予定の史跡の話をする。
「仕事に集中しろ。今話さないといけない事じゃないだろ」
「あはは。ごめんつい」
 半分は本当に楽しみだったんだろう。けど、半分はそうじゃない事をあたしは勘付いていた。
「じゃあ、またね~」
 仕事を終え、ドランクと別れる。もう日が暮れているんだから、今晩まで一緒に泊って、明日の朝から別行動にすれば良いのに。そう思って道を行くドランクの背を見つめていると、彼は薄暗い路地へと消えた。花街へと繋がる道。
 別に、前からそうだったじゃないか。あたしが売らなくなったんだから、また他の女を買うようになるのは自然な事だ。
 なのになんでこんなに苦しいんだろう。

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