スツルムの上客 feat. Sturm [1/6]
妹が大怪我をしたらしい。
「スツルム殿?」
いきなり立ち上がったあたしに驚いて、ドランクが尋ねた。
「ちょっと出かける」
あたしは手紙を机に置くと、お金を入れた巾着を掴んで宿の部屋を出る。
「明日の艇の時間までには戻って来てねー」
「すぐ戻る」
「変なおじさんとかについてっちゃ駄目だよ!」
「解ってる!」
忙しくて暫く読めていなかった弟からの手紙には、妹が山道で転落し大怪我を負った事、医者に診てもらって快復に向かっているが、完治にはまだまだ先が長い事、そして……医者に診てもらう為に高利貸しから借金をした事が書かれていた。
宿を出て、島の外まで荷物を届けてくれる郵便屋などが無いか探す。しかしもう日が暮れている、市場に行っても人気が無い。諦めて明日の朝一番にしようと踵を返した時、たまたまよろず屋に会う事が出来た。
「よろず屋」
「はいはーい?」
店を閉めて撤退するところだったようだ。小さな体に大きな荷物を背負っている。
「このお金を届けてほしい。なるべく早く。手数料はその中から適当に取ってくれ」
言って巾着ごとよろず屋に渡し、代わりに差し出された紙に届け先を記入する。
「承知しました~。此処へなら、ちょうど次の行先の途中の島ですので、手数料お安くしちゃいますね~。でも、良いんですか? これ……」
有り金全部だ。あたしの故郷に大きな怪我を治療できる施設は無い。弟妹達が代わる代わる近くの街まで通って、入院している妹の世話をするそうだ。治療費、交通費、これからの生活費……一体幾ら借りたんだろう。多分全然足りない。
「ああ。頼んだ」
よろず屋と別れ、宿に着いた所でハッとした。宿代と艇代を残すのを忘れた。
どうしよう。とにかくよろず屋にの所に戻るか。そう思ってさっき擦れ違った場所に急いだものの、よろず屋はとうに去ってしまっていた。
どうしよう。慌てすぎた。
「おかえり」
部屋に戻ると、ドランクが先程まであたしが使っていた机で、手帖に何か書いていた。あたしは手紙をほっぽり出したままだった事に気付く。
「読んでないよ。邪魔だったからどかしただけ」
手紙を片付けようとすると、何も聞いていないのにそう言われる。こういう他人の心を見透かしたような喋り方が嫌いだ。
でも、どうする? 今夜の宿代も明日の艇代も無い。今から傭兵の仕事が明日の朝までに見つかる筈も無い。
仕方が無い。明日の朝、ドランクに正直に言って貸してもらおう。次の仕事の報酬が入ればすぐに返せる。
……本当に? あたしの仕事の予定は次が最後で、その後の事は何も決まっていない。自分の生活の見込みが立たない状態では、ろくに移動も出来ずに益々仕事が無くなる。
パニックになって、あたしは全然眠れなかった。どうしよう。どうしよう。無一文ってこんなに怖いんだ。弟もきっと急な事で動転して、高利貸しなんかから借りちゃったんだろうな。
何時だろう。深夜になって、寝入ったと思ったドランクがベッドから起き出したのが判った。服を着替え、髪を結う。夜の街へ遊びに行くんだろう。別に初めての事じゃない。
ふと、初対面の時に言われた言葉を思い出した。「君はお金のためだったら何やってもいいって思うタイプ?」……そう聞かれて、あたしは答えなかったっけ。
……ドランクに体を売る、という選択肢が出てきた。
いや、でも、あたしはまだそういう事をした事が無い。初めては好きな人としたい、とか夢見た事は思わないが、純粋にやった事が無い事を自分から提案するのは不安だ。
気持ち悪くて耐えられないようだったらどうしよう。いや、でも、知らない奴とするよりは気性の知れてるドランクの方がまだマシか。
そんな事を考えていると、身支度を終えたドランクが部屋の扉に向かって一歩踏み出した。
「何処へ行く」
迷っている暇は無い。慌てて声をかけると、ドランクが驚いた様に振り向いた。
「ど、何処って……仕事も終わったし夜遊びでもしようかなーって」
やはりそうか。覚悟はしたつもりでも、次の言葉を紡ぐのには、かなりの勇気が必要だった。
「……どうせなら、あたしを買ってくれないか?」
「えぇ!?」
こんなのはただの手段だ。何度も心の中で言い聞かせる。触られて何かが減るもんじゃなし。
「どうしたのスツルム殿? もしかして間違えて僕のお酒飲んじゃった?」
「飲んでない」
「じゃあどうして?」
「……金に困っている」
「はぁ?」
ドランクが呆れるのも無理は無い。だが、彼は何も訊かず、笑顔になって言った。
「なんだ~。だったら早く言ってくれれば良いのに! そんな事しなくても貸してあげるよ、特別に金利は安くしてあげ……」
「駄目だ! ……返せる当ては無いんだ」
ドランクとだって、しょっちゅう一緒に行動している訳じゃない。借り続けるのはバツが悪いし、借りを返す為だけにこいつに会いに行くのも癪だ。
「じゃああげるよ。大金は無理だけど、僕とスツルム殿の仲じゃない」
「仕事の対価じゃない金は受け取りたくない」
あたしは正直、正気を失っていたんだと思う。例えいけ好かない相手からのものでも、厚意は受け取っておくべきだった。
ドランクはあたしのベッドに腰掛けると、頭を撫でる。
「君はまだ子供だ」
一瞬、いつもと違う真剣な声が聞こえて驚いた。
「未成年に無体を働いたってなったら、僕が捕まっちゃうからね」
これはいつもの調子だった。なんだ、そんな事か。
「そうだな。だからあたしはこの方法では稼げない」
「解ってくれたならそれで……」
「でもドランクとなら、誰にもバレない」
ドランクが黙っていてくれさえすれば。あたしの少ない言葉でも状況を理解できたのか、ドランクは少しだけ悩んだ素振りを見せて、やがて言った。
「じゃあ上半身だけ触らせてもらおうかな」
ドランクが明かりに火を灯す。あたしは起き上がり、差し出されたお金を受け取った。今日の宿代くらい。全然足りないけど、触らせるだけならこれが相場なんだろう。とりあえず自分の荷物にしまう。
もっと払ってもらうにはどうしたら良いだろう。
ドランクがあたしのベッドに上がりこむ。まだ心の準備ができていないうちに、口付けされた。
「ん……ふ……」
容赦なく舌が入ってくる。怖い。ドランクの顔を見ると、金色の瞳が真っ直ぐに自分を見ていた。気まずくなって目を伏せる。
「あっ……」
寝巻の上からドランクが胸を揉んでくる。手つきは優しい。
慣れて少し恐怖が和らいだ頃、ドランクが唇を離した。顔を見ると、何故だかドランクの方が緊張しているように見える。ドランクが一瞬ちら、と下を見たので、あたしも視線を下にやる。服の上からでもはっきりわかる膨らみ。
「あ、こっちは後で自分で何とかするから!」
こっちをあたしが何とかすれば良いのか。
「良いのか?」
「お金足りなかったんだったら、明日もおっぱい触らせてくれれば良いよ」
ドランクは私に触れていた手を引っ込めようとした。あたしはすかさず掴んでそうはさせない。
「今日続きをしてくれても良い」
寧ろしてくれないと困る。明日では遅いのだ。
ドランクは大きな溜め息を吐いた。
「今晩だけだよ。絶対内緒だからね? 美人局とかしないでよね!?」
「大丈夫だ」
ドランクは一度ベッドから降りると、財布から先程の数倍のお金を出した。それだけあれば、一先ずはなんとかなりそうだ。
しかし、ドランクはそのまま渡してくれるのかと思いきや、寸前で手を引っ込める。なんだろう、無茶な要求でも突き付けられるのだろうか。
「スツルム殿、これが初めてなんだよね?」
「ああ」
それがどうかしたのか? あたしは首を傾げたが、ドランクは黙って札束の枚数を倍にした。
「こんなに……?」
この数日取り掛かっていた仕事の報酬、その殆どじゃないか?
「処女の場合はこれくらいが相場だよ。未成年のプレミア付きだからもっと払っても良い」
「いや、それは……」
「君が売ろうとしてるのはそのくらい価値がある物なんだよ。僕なんかに売っちゃって良いの?」
僕なんかに。そう卑下する言葉がやけに寂しく感じた。ドランクなんかに。
「ああ」
早く終わらせて欲しかった。これだけ貰えれば、こんな事をするのはこれっきりで済むかもしれない。
ドランクの手から札束を奪う。ドランクは少しの間だけ、空になった手を見つめていた。
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