宇宙混沌
Eyecatch

第4章:Share Your Pain


 右目を失ってから、世界はこんなにも退屈なのか、と思う日が増えた。
 ドランクはテーブルの向かいに座り、夕食を頬張るスツルムを眺める。
 元々無口な少女だった。それでも、あの魔法を使うまでは、こうやってせっせと小さな口に料理を運ぶ姿に、何か素晴らしい気持ちになっていた覚えがある。
 そういう記憶があるだけ。彼女の事が好きだった自分が居た事を、知っているだけ。
 もう二度とその幸せな気持ちを感じる事は出来ない、という事実だけが此処にある。失ってしまったものの大きささえ正しく測れないのに、ただなんとなく寂しさだけは感じていた。
 それでもドランクは、その原因となったスツルムを恨んだり、憎んだりはしていなかった。
 そういった負の感情でさえも、あの魔法は代価として奪っていったのだ。

「蘇生魔法の解除魔法なんて、一体誰が考えたんだろうねえ」
 夕食を食べ終わり、宿へと向かう道すがら。ドランクはふと浮かんだ疑問を口にする。
「折角生き返らせた人を、また殺してしまうなんて、どんな気持ちなんだろう」
 投げかけてみても、解る筈がない。もう想像すら出来ない。他人に対する感情を失うという事は、誰かの気持ちを慮る事も、誰かの言葉から刺激を受ける事も、出来なくなるという事だった。
 まだ対面で話しているならば、相手の反応を、かつて感情を持っていた頃の記憶と照らし合わせ、次にこう言えば相手はこう動くだろう、と予測は出来る。しかし、名前も知らない過去に生きた魔法使いの気持ちなんて、把握できる筈がなかった。
「スツルム殿なら、どう思う?」
 そう話を振った時、太股に痛みが走った。
「あたっ」
「それはあたしへの嫌味か?」
「え、そう思った?」
 剣で刺された場所を擦る。血は出ていない。
「だって僕には解らないし……」
 この時ドランクはどうしてか、心が揺さぶられるのを感じた。もう、他人の言葉で心に波風が立つ事なんて、無い筈なのに。
「痛って!」
 二発目が来る。ああ、そうか、痛みは感情ではないからか。
「……失ったものを取り返したくなったんじゃないか」
 スツルムは剣を納め、そう吐き捨てると先を急ぐ。ドランクは慌てて後を追った。
「ねえスツルム殿」
「何だ」
「今の刺すやつ、もう一回やって」
「はあ?」
 スツルムは顔を赤くし、呆れた様な、怒ったような声を出す。尤も、ドランクは過去の記憶を引っ張り出して、その声色から推測したまでだ。顔が赤くなっているという事は、恥ずかしがっている、という可能性もある。
「お前、変態なのか……」
「いや、そういう事じゃないんだけど……今のって、怒ってたんだよね?」
「……そうだ」
「じゃあ今度から、気に入らない事があったらさっきのやってよ」
 スツルムは、近付いたドランクの顔が微笑んでいる事に驚く。
「い、嫌じゃないのか?」
 ドランクの笑顔が少し翳る。好きだとか、嫌いだとか、相手を評価できるような感覚はもう無いのだと、その言葉に答えられない己が改めて突き付けてくる。
「……良いんだ。そしたら君が怒ってるって、感じられるから」

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