Let me stay with you [1/2]
天才、という言葉が似つかわしい男だった。
「ねえねえスツルム殿。僕の魔法、どう思う?」
初めて一緒に仕事をした時、そう問われた。どう思うも何も無い。
敵方として出逢った時に見た魔法とは全然違った。これまでに組んだどの魔術師よりも高度な技を使っている、という事が、素人のあたしにも分かるくらいだった。
……手加減された。あたしはそんな悔しさで一杯になって、精一杯粗探しして答えた事を覚えている。
勿論、得手不得手はあるようで、本を読みながらじゃないとかけられない類の魔法もあった。それでも、指摘すればたった数日で確実にものにしてきた。魔法だけじゃない。仕事での過ちは、一度言えばもう二度と同じ事を繰り返さなかった。
戦場での立ち振る舞いも、依頼人との交渉術も、遠い国の知識も……その男の持つものは、何もかもがあたしより上回っているように見えた。
謙遜しているのか、それとも自分の才能に無自覚なのか。無邪気にあたしに付き纏うその男が、あたしは憎たらしくて仕方なかった。自分より弱い傭兵とコンビを組みたがる理由も解らず、ただ鬱陶しかった。
だからある時どうしても、あたしに打ち負かされて悔しがる顔が見たくなって、あたしは、彼に剣を握らせた。
「剣の練習? オッケー、付き合うよ」
ドランクは二つ返事で承諾する。しかし、こいつ剣なんて握った事あるのか?
「好きなの選べ」
真剣でやり合うのは、少し心配だったが、まあ、あたしが上手く寸止めしてやれば良いだろう。四肢を切り落としたり、内蔵を突き刺したりしなければ、こいつの回復魔法で傷は治せるし。
「じゃあこれ~」
ドランクが選んだのは、あたしの手持ちの中で一番小振りな一振り。
「良いのか? それで」
「うん」
へらへらと笑う男を、夜の公園に連れ出す。人や魔物も居ないし、街灯があって明るいので、鍛錬にはうってつけの場所だ。
ドランクが道に落ちていた小石を拾った。
「地面に落ちたら始めね」
暗い空に投げ上げる。石が落ちてくるまでにあたしは、そしてドランクもそれぞれの柄を握り、小石が砕けた音で抜いた。
「はっ!」
あたしの最初の一撃は、両手持ちした剣で真正面から受け止められる。ドランクは力を入れて刃を弾き返すと、素早く後ろに退いた。
正直な感想を言うと、素人の動きではない。剣も扱えるなんて聞いてない。だって、ドランクが身に着けている刃物と言えば、ポーチの中の、手より小さな小刀くらいじゃないか。
ドランクがあたしを突こうと向かってくる。その表情が存外楽しそうで、避ける動きが遅れてしまった。すんでの所でしゃがみ、脚を切り付ける。ドランクは避けるついでにそのままあたしを飛び越え、地面に転がって着地した。
あたしが立ち上がると、ドランクも服に付いた砂を払って姿勢を正す。右手に持っていた剣を逆手に持ち替えた。何だその、短刀みたいな持ち方は。そりゃあ、あたしの剣だからお前には短いだろうが……。
「行くよ!」
親切にも掛け声をかけてから、再度向かってくる。顔を切られそうになり、眼前でその軌跡を剣で受け止めた。速い。明らかにこの持ち方の方が慣れている。本業は暗殺者か何かか?
剣を傾け、力を流して間合いを取る。
あたしはドランクの力量を下に見すぎていた。こいつだって傭兵なんだし、やたらと脚が速い事は知っていたんだから、肉弾戦でその瞬発力が発揮される事くらい、予測して挑むべきだった。
失態……。でも投降はプライドが許さない。圧倒的な力の差があるわけでもなさそうだ。大きく雄叫びを上げてドランクに斬りかかる。
次の瞬間、視界に飛び込んできたのは靴底だった。
あたしの手から剣が離れ、後ろで地面に落ちる音がする。
「ごめん。力入れ過ぎちゃった」
痺れる手と手を触れ合わせて呼吸を落ち着けようとする。びっくりした。怖かった。戦場なら油断はしないが、まさかそんな手を残しているなんて思わなかった。
とことん自分の強さに無自覚な奴。いや、それとも自覚していて隠しているのか?
「大丈夫? 怪我してない?」
長い指があたしの手を取り、金色の目が顔を覗き込んでくる。あたしはカッとなった。
「心配してないであたしの首に剣を突き付けろ! 試合でも本番でも、そこまでしないとお前の勝ちじゃない!」
「勝ち負けとかどうでも良いよ。それよりほんとに大丈夫? 泣いて……」
「泣いてない!」
あたしはドランクに背を向け、剣を拾って歩き出す。
「あ、ちょっと。はい、剣返すね」
黙って受け取り、挨拶もしないままギルド本部に帰る。ドランクはまた近い内に、と言って夜の街に消えた。
いつもこうだ。ドランクはあたしが相手だと最後の最後で手を抜く。初めての時はその場から逃走し、今日はあたしに止めを刺さなかった。
悔しい。せめてこてんぱんにやっつけられるようなら、ああ、やっぱりこいつは天才なんだ、と思って諦めも着くのに。
「あれだけ戦えるなら、一人で仕事すれば良いだろ!」
足元の小石を蹴飛ばす。思ったよりも小気味良く飛んで行ったので、止まったらまた蹴ってやろう、と思って探したが、転がる音を辿ったのにもう見付けられなかった。少し残念な気持ちになる。
ああ、そうか。どうしてあたしがあいつを負かしたいのか、解った気がする。
また近い内に。その約束を反故にされない為に必要な魅力が、自分に欲しかったのだ。
でないとあいつは、小突けば小石の様に何処かに消えてしまいそうだった。
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