宇宙混沌
Eyecatch

Can't forget [1/3]

「やはりお前か」
 そうであってほしくないという願いは、木々の立ち並ぶその向こうに、見慣れた姿を捉えた事で打ち砕かれた。白いマントに、大きな石の嵌った胸飾りのついた服装をした、青い髪のエルーン。
「それはこっちの台詞だよスツルム殿」
 単独行動中に別々に受けた仕事。どうやらあたしはドランクとは敵方についてしまっていたらしい。
「『やはり』って事は、僕また何か噂されてた?」
 見知った仲と言えど、この仕事を受けている間は敵同士。ドランクは力を蓄えた宝珠[スフィア]を掲げたまま、少し離れた場所で立ち止まったあたしに尋ねる。
「『強力な魔法を使う青い髪のエルーンが居て厄介だ』」
「あはは。特に代わり映えしないね」
 口調は柔らかいが、纏う空気には緊張感がある。普段はコンビを組んでいるからと言って、手加減はしないつもりか。無論、あたしもそのつもりは無い。仕事に余計な感情は抱かない方が良い。
 あたしはドランクとの距離を一歩詰める。ドランクは一歩後ろに下がる。本気のドランクとの間合いを詰めるのは容易ではない。多分、このまま巻かれて逃げられてしまうだろう。
 いや、寧ろ逃げてくれ。初めて会った時の様に。あたしは心の隅でそう思っている事を、否定出来なかった。
「僕も聞いたよ。『敵方の若いドラフの女剣士に気を付けろ』って。コンビで有名なのってなんか良いねえ!」
「今は敵同士なんだが」
 うるさい。正直にそう思い、一気に距離を詰める。ドランクはそれにほぼ遅れず飛び退き、宝珠を支えているのとは反対側の手から緑色の閃光を発した。
 光は周囲の地面や木々を切り裂き、土埃と引きちぎられた木の葉を舞い上げる。目眩ましか。
 咳込まない様にマントで口と鼻を覆い、周囲を見渡す。攻撃が止んで少し待つと、先程よりも更に離れた場所からドランクの金色の目が一つ、此方を睨んでいた。
 まともにやり合いたい相手ではないな。殺すには忍びない、という気持ちもさることながら、事実、ドランクの魔法は高度で厄介なのだ。
 どうする? あたしが撤退する手もある。
 だけど、こんな機会、滅多に無いのも事実だ。あたしは最近どんどん実力を付けていて、普通の依頼では物足りなくなっていた。どのくらい上手くなれたのか、十分に試せる相手はそうそう居ない。
 あたしは剣の柄を握り直して、ドランクに猛突する。
「えーこのまま逃がしてくれないの~?」
 あたしが突進して来たのが意外だったらしい。ドランクはさっきとは違い、あたしの動きに反応するのが遅れた。あたしは剣が十分届きそうな距離まで、間合いを詰める事に成功する。
「じゃあさ、お喋りしようよ。初めて会った時みたいにさ」
 無言で返事をしたあたしに、ドランクは構わず続ける。喋りながらでもひょいひょい、と切っ先を避けられるのは癇に障った。後で刺してやる。
「あの頃のスツルム殿は可愛かったな~特に前髪」
「うるさい!」
 足元を狙った剣をまた軽く避けられる。いけない、落ち着こう。挑発して相手の動きを乱すのは奴の十八番だ。
 ドランクは森の奥へ奥へと逃げる。間合いが近いので大掛かりな魔法は使ってこないが、あたしの方も木々の間隔が狭くなり動きにくい。
「コンビと言えど、単独行動中に敵方になっちゃうとは、ちょっと想定外だったなー。まさかスツルム殿が窃盗団に味方するなんて」
「は?」
 何を言っている。そもそも窃盗団だろうが強盗団だろうが、報酬をくれるならあたしは雇われるが、今回頼まれたのはこの森に生えている資源をかっぱらっていくならず者に痛い目を見せる事だ。窃盗団に協力しているのはお前だろ。
 ドランクはあたしの反応に気付かなかったのか、下らないお喋りを続ける。
「スツルム殿は別に僕を殺す事になっても気にしないんでしょ? 今もかなり本気っぽいし」
「…………」
 答えずに振りかぶった剣は、ドランクの後ろにあった木の幹を擦る。
「もしその剣で僕が死ぬ事になっても、剣の道を極めるの、諦めないでね」
「言われなくても……!」
 ドランクが魔法を使って攻撃してきた。それはあたしの頭上を抜け、後ろの木に当たる。
「おい、どこ狙ってる」
「僕だってたまには手元が狂うよ~」
 ドランクは森を走り続ける。あたしは少し疲れてきた。何度も剣が木に当たり、その度に腕が痺れる。なんだってわざわざそんな逃げにくいルートを選ぶんだ。根っこに躓いて転びそうになったので益々苛立った。
 ぐるりと緩やかにカーブを描いて逃げていたドランクが向かっている先が、先程目眩ましに遭った所だ、と気付いた時、ドランクが言った。
「君に殺されるのは構わないけど、君に忘れられるのは悲しいな」
 そう言って突然足を止めた。あたしの剣は、振り向いたドランクの胸元に真っ直ぐ向かっていく。
 どうして。あたしは走る勢いを止められず、ドランクに刺さる前に間に合え、と目を瞑り、腕を横に振る事しか出来なかった。

闇背負ってるイケメンに目が無い。