第5話:駆け引き [3/3]
「あのー、金髪でおかっぱの女の子と、灰色がかったブロンドを結った女の子見ませんでしたか?」
「どちらも十代後半のヒューマンだ。髪の長い方は眼鏡をかけている」
あたし達が適当に声をかけた人物は、バザラガの見た目に一瞬気圧されつつも、怪しい者ではないアピールをしたら答えてくれた。
「ああ、見たよ。昼間にカフェでさ」
あたし達はその返答に身を乗り出し、そしてまたすぐに萎んだ。
「でも、その時は青い髪のエルーンも一緒に居たなあ。もしかして、そいつが誘拐を!?」
「ああ、違う違う。そいつは保護者です。彼が用事で離れた隙に行方が判らなくなってしまって」
「そりゃ心配だね。見かけたら早く帰るように言っておくよ」
「ありがとうございます」
一息ついて、バザラガを見上げる。
「やっと目撃情報が出たと思ったのに、ハズレかぁ」
「港からカフェまでのルート周辺で聞き込んでこれとは、相当遠くまで寄り道をしている様だな」
「寄り道、なら良いんだけどねえ……」
さ、行くよ、と声をかけ、あたし達は再び聞き込みを開始した。
『あのまま貴族の娘として育ったとしても、私は今ほど幸せになれた気がしない』
その真意を俺は訊けなかった。ベアトリクスが逃げる様に踵を返し、今度こそローアインの作った菓子を頬張りに行ったからだ。
「居ないなあー」
ベアトリクスは細い路地に置かれたごみ箱の裏を覗いている。
「そんな所に居る筈ないだろう」
隠れんぼじゃあるまいし。
「わかんないだろー。隠れんぼに熱中してるのかもしれないし」
早速意見が割れる。どうして俺はこの女が良いのだろう。自分でも理解に苦しむ。
「それに……万が一何かあったんだとしたら、遺留品や本人が転がってるのは、人目に付かない場所だろ……」
「……一理ある」
俺は周囲の警戒をしつつ、ベアトリクスの背を追う。治安は悪くなさそうだ。路地の壁を作っている民家の窓から子供が俺達を見つけて、手を振った。
「よし、次だ。なんで手を振ってんだ?」
「なんでもない」
蜘蛛の巣を張る様に、一つ一つ裏路地を潰していく。今の所二人が見つからない事を、喜ぶべきか焦るべきか。
「此処にも居ない」
ふと、腰を曲げて尻を突き出す格好で調べていたベアトリクスの姿が目に入る。無意識に唾を飲み込んだ。
二人を探す事に集中しろ。だが、昼間の事や先程の事、そして人気の無い暗がりに二人きりという状況がそうさせてくれない。
「ユーステス? お前やっぱり今日変だぞ。具合でも悪いのか?」
「別に」
覗き込まれた顔を不意に逸らす。ベアトリクスはそれに腹を立てて、俺の目の前に回り込んできた。
「なんだよその態度。私が何かしたか?」
面倒なフェーズに入ってしまった。正直に言ってこちらの靄も晴らしてしまうか。
「昼間の……言葉の意味を……」
「……ああ、あれか。悪かったよ。でも、言えって言ったのはユーステスだからな」
「解っている。ただ」
「ただ?」
「お前が、どうしてその結論になったのか知りたい」
ベアトリクスはおしとやかさからはかけ離れた仕草で頭を掻き、それから腕を組んだ。
「話したってわかりっこない」
「『わかんないだろー』」
カッとなったのと出来心で、先程のベアトリクスの口調を真似したつもりだったが、自分で聞いても棒読みだった。しかし相手には伝わったらしい。爆笑して腕組みを解く。
「あは、いひ、ユーステスモノマネ下手すぎ……」
「近所迷惑だ。静かにしろ」
「は、わかった……わかった。話せば良いんだろ」
姿勢を正し、捜索を再開する。
「まあそのまんまの意味なんだけどさ。組織に入らなかったらゼタにも教官にもバザラガにも、ユーステスにも絶対出会わない人生だったしさ」
その代わり家族が生きていただろう?
「今頃は政略結婚でもさせられて、子供の一人や二人居たのかもとか思うとさ」
「子供嫌いなのか?」
思わず口を挟んでしまった。顔が赤くなった感覚がするが、この闇だ、わかりはしないだろう。
「いや、そういう訳じゃ……。でも、折角なら相手はちゃんと好きな人が良いと思わないか?」
「……代わりにそれまでの家族を失ってでも?」
「それは話が別だろ。はっきり言っとくけど、別に皆に死んでほしかった訳じゃないんだからな。誰かの命と引き換えの自由なんて偽物だ」
「ではお前は、今の自由が偽物と解っていて謳歌するつもりなのか」
今度は本当に顔が熱くなった。叩かれた頬に手を当てる。
「いつまでも現実と向き合わないから偽物のままなんだぞ!」
怒った表情で噛み付いてくる。上司に向かって口の利き方に気をつけろ、と言いかけて、もうその関係性はなくなったのだと思い出した。
此処に居るのは、ただの一人の男と、一人の女だ。
帰る場所と、行き場を失った。
「……泣くな」
「うぇ~」
「俺が悪かった」
「べ、べつに社交界にもどりたいわけでもないんだけど~」
「そうか。ほら、顔を拭け」
ハンカチを渡すと、涙を拭ってから鼻をかむ。
「とにかく、私は好きに生きる! 好きな仕事をして、好きな人と結婚して、新しい家族を作るんだ!!」
「そうか」
そうか。俺にも前を向けということか。
「奇遇だな。俺も好きな人と家庭を持ちたい」
「ユーステス子供欲しいのか? 意外。超苦手そうじゃん」
「こう見えて兄弟は多かったからな。それで……」
思い切って「好きな人」と言ってみたのにスルーされてしまった。この鈍さをどうしてくれよう。
はあ、と溜息を吐くと、ベアトリクスが微笑んだ。
「私で良ければ産んでやるぞ」
そこまで言って、パッと下を向く。俺は内容を咀嚼するのに手間取って言葉が出なかった。
いや、でも、何度反芻してもそれは俺が求めていた言葉で。
「……俺との子供で良いのか?」
てっきり好きな人など居ないか、未だに過去を引きずっているか、或いはカシウスに片想いしているのだと思っていた。
カシウスの方はこいつに興味は無いだろう。だから今の内に唾を付けておけば可能性がある、と思っての事だった、のに。
「言わせるな、馬鹿」
彼女に続いて俯いた俺の顔を、ベアトリクスが下からちらちらと覗いた。
「いつからだ……?」
鈍いのは自分の方だったのか? と思ってベアトリクスの言動や態度を遡ってみるも、全くそんな素振りを見せた覚えが無い。まさか揶揄ってるのか?
「うーん……いつからだろうな。なんて言うかさ、ユーステスとはずっと一緒に任務を熟してきただろ? だからもう隣に居るのが当たり前って言うか、家族になっても違和感無いかなって言うか」
「……そうか」
恋ではなく愛だったのだ。
「……あー! 暑くなってきたな! ほら、次の路地探すぞ!」
「ああ」
急ぎ足で歩き出した背に投げかける。
「住むならもっと涼しい土地が良いな」
「ええ~? 寒いのは嫌だ~~~」
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