第5話:霧の外 [2/4]
僕は途中夕食や着替えを挟みつつ、次々と手紙を読んだ。全て、「また手紙が戻って来てしまった」という書き出しで始まっていて、その間おばあちゃんの姉からの便りは一通も無かった。
おばあちゃんはそれでもなお、明るい文体で当時の近況を書き綴っていた。やがてその話題は、僕の祖父――僕が生まれる前に病死したのでどんな人かは知らないが――で占められていく。
祖父はこの家の次男だった。爵位を継ぐ予定も無いので、他の貴族の第二子以降と同様、専門職に就く予定で、大学で歴史を専攻する事になった。
彼が大学に行ってから、おばあちゃんはこの家で相当寂しい思いをした――のかと思いきや、後の義両親にも気に入られていたし、自身も医学校に入学する為の勉学に励んでいたらしい。トラモントから養育費や治療費は一切受け取っていなかったらしいから、当然学費も曾祖父持ちだ。実の娘の様に育ててもらった、と本人も言っていた。
羨ましいな。血が通っていない家族でも優しくしてもらえて。器量も頭も良くて、誰にでもすぐ好かれて。僕もおばあちゃんみたいな人間に生まれたかった。
僕はネガティブな考えを頭を振って追い出す。次の手紙を取った。
今日は嬉しいニュースが沢山あるの。もうどれから書けば良いかわからないくらい!
まずね、私、お医者様から寛解のお墨付きを貰ったの!
とっても嬉しい。勇気を出して島を出て本当に良かった。
それでね、寛解のお祝いに、――様がプロポーズしてくださって。
旦那様達やお兄様も喜んでくださっているわ。
と言っても、――様はまだ学生だし、私も合格すれば来年から医学生なの。
だから結婚するのはまだ先になりそうよ。
そして三つ目、今度トラモントに行ける事になったわ!
――様の研究室の方々が、是非トラモントの歴史を調査したいって。
こちらの私有艇と、研究室の騎空艇の二隻で向かう予定よ。
元気になった私と、お土産を楽しみにしててね!
ネモフィラ
一際テンションの高い一通を読み終え、丁寧に畳んで元に戻す。
『次が最後か……』
なんとか日付が変わるまでに読み終えられそうだ。あまり遅くなるとまたお母様に叱られる。
僕は少し伸びをして、最後の一通を手に取った。
先日トラモントへ行きました。
でも、噂は本当だったわ。私達の乗った艇は島を覆った霧に突入しても、いつの間にかまたその外に弾き出されてしまったの。
もう一隻の方は、先に突入して、それから幾ら待てども戻ってきません。
艇に乗っていた研究者の方々の無事を祈っています。
それから、お兄様が亡くなりました。
二月ほど前に、――地方の紛争へ遠征するとの便りがあり、そこで。
お兄様は独身でしたので、――家の爵位は弟の――様が継ぐ事になりました。
私は医学校には合格しましたが、――様も大学をお辞めになるので、私だけが自分のしたい事をする訳にもいきません。
近い内に結婚する予定です。
結婚式の招待状は、お返事がありましたらお送りします。
もし式までにお返事が無いか、この手紙がまた戻って来てしまったら、
私はもうお手紙を出すのをやめにしようと思います。
最後に、訊いてから島を出れば良かったと思うことが一つ。
お姉ちゃんは、私の事が嫌いなの?
ネモフィラ
『おばあちゃん……』
この結末を、僕は本人から聞いて知っていた。それでも、まだ現実を受け止め切れていない時分に書かれた文字からは、霧から何度も追い出されてしまったおばあちゃんの無念さがありありと伝わってきた。
おばあちゃんに関係の無い騎空艇は、そのまま霧の中に入って行けるのだ。例えそこから二度と戻って来れないとしても。
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